国境を越えたトリオ・アンサンブル
ブラジルの7弦ギターの名手ヤマンドゥ・コスタ(Yamandu Costa)、アルゼンチンのバンドネオン奏者マルティン・スエー(Martin Sued)、そしてポルトガルのギター(伝統的な12弦のポルトガル・ギター)奏者ルイス・ゲレイロ(Luis Guerreiro)の3人がリスボンで録音したトリオ・アルバム『Caminantes』。
異なる国々の音楽文化が慎重に組み合わされた今作は、単純化して言ってしまえばショーロのようでもあり、タンゴのようでもあり、ファドのようでもある不思議な色合いが絶妙。アルバムには3人のオリジナルの他にカヴァー曲も含まれているが、それぞれのジャンルを代表するようなステレオタイプな選曲ではなく、一般にはあまり知られていない楽曲が取り上げられているようだ。例えば(1)「Vira de Frielas」はポルトガルのギター奏者/作曲家ホセ・ヌネス(José Nunes, 1916 – 1979)の曲だが、テクニックの応酬が繰り広げられる様はブラジルの即興音楽のようでもあるし、フランスのワルツやロマ音楽をも思わせる。クラシカルで優雅で、洗練されていながら野性味も失わない演奏が素晴らしい。
アルバム全編にわたり3人のみのアンサンブルが繰り広げられる。
ルイス・ゲレイロが弾くポルトガル・ギターの煌びやかな音色、ノスタルジックなマルティン・スエーのバンドネオンの響き、そして低音を支えつつ中高域に豊かな響きを与えるヤマンドゥ・コスタの7弦ギターが見事に絡み合ったサウンドにじっくりと耳を傾ける時間は、この上なく贅沢だ。
3人のプロフィール
1980年生まれのギタリスト、ヤマンドゥ・コスタ(Yamandu Costa)はすでにブラジル器楽界の巨匠として知られており、日本のNHK BSプレミアムでも特集番組が組まれるほどの人気を誇る。ショーロやサンバといったブラジルの音楽のほかにアルゼンチンやウルグアイの音楽も取り入れた7弦ギターでの演奏は名手が蠢くブラジルのギター界でも抜群の存在感を示している。
マルティン・スエー(Martin Sued)は現代のアルゼンチン・タンゴ演奏者で最高のひとりと目されている。伝統的なタンゴからアストル・ピアソラが築いたモダンなスタイルも踏襲したバンドネオンが特徴的で、2017年に『Iralidad』で待望のソロデビューを果たした。ヤマンドゥ・コスタとは2020年のデュオ作『Visita Boa』などでも共演している。
ルイス・ゲレイロ(Luis Guerreiro)は10歳の頃に父親から貰ったポルトガルギターで演奏を始めた。ポルトガルではこの楽器は伝統的にギターハと呼ばれ、一般的なクラシックギターのことをヴィオラと呼ぶが、それはブラジルも同様。アントニオ・パレイラ(António Parreira)に師事し瞬く間に腕をあげ、マリア・アメリア・プロエンサ(Maria Amélia Proença )やセレステ・ロドリゲス(Celeste Rodrigues)といったポルトガルを代表する歌手の伴奏を務めるなど主にファドのジャンルで多くの経験を積んできた。
Yamandu Costa – 7 strings guitar
Martin Sued – bandoneon
Luis Guerreiro – Portuguese guitar