洗練された現代のグナワ・ジャズ
モロッコのゲンブリ奏者/シンガーのメディ・ナスリ（Mehdi Nassouli）と、イスラエルのピアニストオムリ・モール（Omri Mor）、そしてアルジェリア出身ドラマーのカリム・ジアド（Karim Ziad）のトリオによる『Assala』は、近年世界中の音楽家や愛好家から注目を浴びるグナワ音楽と、現代ジャズの最高峰のハイブリッドな驚くべき作品だ。
この3人によるプロジェクトは2019年の夏から始まっており、グナワ音楽のフェスティヴァル（カリム・ジアドがプロデューサーを務めている）などにも出演してきたが、ついに一枚のアルバムとして結実した格好となった。
グナワというと元来和声的には単調で、本作でも基本的に繰り返されるゲンブリのベースラインを軸に展開されているが、要所にキメのフレーズがあったり、オムリ・モールがピアノで即興的にリハーモナイズしたりとジャズの手法を取り入れたスリリングな演奏は極めてレベルが高い。かといってグナワ音楽に特長的なプリミティヴな衝動と熱気が失われているわけでもなく、洗練されたグナワ・ジャズといったこの様相は、世界各地で音楽文化が融合し、互いの長所を吸収しあい進化する現代の潮流に乗った、未来志向のグナワ音楽のひとつの到達点だとも感じられる。
(1)「Kommi」から、そのパワーに圧倒される。ゲンブリのベースラインに絡むのはカルカベではなくドラムセットのハイハットだ。ピアノは左手でコードを提示しつつ、ゲンブリとユニゾンする右手のペンタトニックのフレーズで伝統的な文化との強い結びつきを示している。が、中盤から次第にリズムが熱を帯びてくると、彼らは決してそこで足踏みをしたまま留まらない猛烈な気炎で前進を始める。そしてこの呼応は間違いなくジャズだ。
グナワ×ジャズのひとつの到達点
コール＆レスポンス、ペンタトニック、ポリリズムといった要素はグナワ音楽とジャズに共通する。ファラオ・サンダース（Pharoah Sanders）とマーレム・マハムード・ガニア（Maleem Mahmoud Ghania）が共演した名盤『The Trance of Seven Colors』を筆頭に、1990年代にジャズがグナワに急接近したことは必然の流れだ。ジャズミュージシャンたちはグナワ音楽から宗教的な要素を排除し、音楽的な部分のみに注目し取り上げ世界にそれを広めた──このような“ライトな”解釈は一部で批判も生んだが、それによってグナワ音楽が世界中で知られ注目され、数々のハイブリッドな音楽が作られ称賛されるに至ったことも事実だ。
今作ももちろん、伝統的なグナワの音楽からは逸脱する。ただ、進化とは常に逸脱から起こるものであると知っているならば、この音楽の大きな価値に気付くことができるだろう。
現代グナワジャズのスーパートリオ
ゲンブリのメディ・ナスリは1985年モロッコ生まれ。音楽家としてのキャリアを開始する前に10年間モロッコの国中を旅し、さまざまなミュージシャンから学んだ。グナワ音楽の表現を拡張し続けるカリスマ的な存在で、ボブ・マーリー（Bob Marley）へのトリビュートやエレクトロ・グナワといった過去のプロジェクトに代表されるように、モロッコの伝統的な音楽だけでなくアフリカ音楽、レゲエ、ロック、ジャズといった多彩な音楽と柔軟に混ざり合う。
ピアノのオムリ・モール（1983年生まれ）は世界的ジャズマンのアヴィシャイ・コーエン（Avishai Cohen）やダニエル・ザミール（Daniel Zamir）のグループでの活躍でも知られる。彼のフレーズの中には生きた中東音楽があり、さらには北アフリカの音楽やフラメンコ、中米の音楽も吸収するなど幅広く個性的なスタイルを確立しており、所謂“イスラエルジャズ”を代表するピアニストでありながら、その範疇に留まらない。
ドラムスのカリム・ジアド（1966年生まれ）もグナワ音楽にがっつりと取り組んできた第一人者だ。北アフリカの音楽とジャズの融合をライフワークとしており、グナワで使われる金属製のカスタネット・カルカバや太鼓のリズムをドラムセットに置き換え、独自のグルーヴを生み出す。ヨーロッパを代表するジャズ・ビッグバンドのWDR Big Bandや、ジョー・ザヴィヌル率いるザヴィヌル・シンジケート（Zawinul Syndicate）への参加でも知られている。
Mehdi Nassouli – guembri, vocal
Omri Mor – piano
Karim Ziad – drums