マーティン・ティングヴァル、北欧の“異常に美しい春”を描く傑作ソロピアノ

Martin Tingvall - When Light Returns

そっと傍に寄り添ってくれるピアノ。
いつまでも心に残る美しいメロディーを静かに紡ぎつつ、次第に昂り心の中から溢れ出るままに感情を鍵盤に乗せてゆく即興演奏。

ジャズのピアニストのアルバムにはそうした条件を満たす傑作が稀にある。

有名どころだと、キース・ジャレット(Keith Jarrett)の名盤中の名盤『The Melody At Night, With You』(1999年)、ジョヴァンニ・ミラバッシ(Giovanni Mirabassi)の『Avanti!』(2001年)あたりは外せない。
近年のものだとフレッド・ハーシュ(Fred Hersch)の『Songs From Home』(2020年)も素晴らしかった。

これらは同じソロピアノというフォーマットだが、やはりそれぞれに個性が出る。極めて内省的なものから、内から止めどなく流れ出るエネルギーが外へ外へと向かうものも。だからピアノソロは面白い。ただ美しい、だけではない、その繊細な音色の裏に演奏者の人間性や人生経験、思考がもろに表れるものだからだ。

マーティン・ティングヴァル、4枚目のソロ作で見せる北欧の風景

スウェーデンの人気ピアノトリオ、ティングヴァル・トリオ(Tingvall Trio)のピアニスト、マーティン・ティングヴァル(Martin Tingvall)の自身4枚目のソロ作『When Light Returns』もまた、前出の傑作たちに並ぶ屈指のソロピアノ・アルバムだ。全曲がマーティン・ティングヴァルの作曲。

本作もまた、ソロピアノの傑作たちの例に漏れずメロディーの素朴な美しさを拠り所としている。

(1)「When Light Returns」、(2)「Hide and Seek」、(3)「Little Star」…どれも本当に美しい曲なのだが、どこか子供時代の無垢な憧憬がそのまま映し出されたような愛おしさに満ちている。
おそらく今を生きる人類が未だ経験したことのないパンデミックも、音楽家としての彼に相当な影響を与えている。

ロックダウンによって人々が経済活動を一時的に縮小した結果、北欧の春は彼曰く“異常に美しくなった”。
太陽は何週間も輝き、植物は芽吹き、昆虫たちは比類なく躍動した。人間たちが停滞している間の自然は、前の年よりも、それまでの年よりもずっとずっと力強く見えた。

例えばもの悲しげに踊る木々(9)「Dancing Trees」、楽しげに舞う蛍(彼らの成虫の寿命は2週間程度といわれる)を表す(10)「Fireflies」を聴いて思い浮かべる情景は、マーティン・ティングヴァルが生まれ育った北欧の景色よりも、ずっと身近なあなた自身の子ども時代の風景や体験だろう。

今作はそうした人間の普遍的な価値観や自然を愛する心が滲出しているように思う。
一人の芸術家が、ピアノという楽器に乗せて人間の営みや荘厳な自然の美しさを見事に描き出した大傑作だ。

(11)「Country Road」

略歴

マーティン・ティングヴァルは1974年生まれのピアニスト/作曲家。スウェーデン南部のスコーネ県で育ち、マルメ音楽院でピアノ、ジャズ、作曲を学んだ。当時特に影響を受けたのは同じスウェーデンのピアニスト、ボボ・ステンソン(Bobo Stenson)であったという。

2003年にキューバ出身のベーシスト、オマール・ロドリゲス・カルボ(Omar Rodriguez Calvo)と、ドイツ出身のドラマー、ユルゲン・シュピーゲル(Jürgen Spiegel)とともにティングヴァル・トリオを創立。クラシックやロックも飲み込んだ独創性が高く評価され、ヨーロッパを代表するジャズ・ピアノトリオの地位を手にしている。
現在までにトリオで6枚、ソロで3枚の作品をリリース。今作『When Light Returns』はソロとして4枚目のアルバムとなる。

Martin Tingvall – piano

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