ベーシストがリーダーのピアノ・フラメンコ
スペインのベーシスト/作曲家、パブロ・マルティン・カミネロ(Pablo Martín Caminero)がリーダーを務める『Al Toque』は、フラメンコに欠かせないギターを排し、ピアノ、コントラバス、パーカッションのピアノトリオで演奏された興味深いフラメンコ作品だ。
ここにはカンテ(歌)もない。あの独特の節回しの歌がないのは逆に聴きやすさにも通じるが、同時にギターやカンテといったフラメンコ“らしさ”がなくなることでフラメンコ感も薄れるかと思いきや、本作ではあまりその心配はない。
ベーシストのリーダー作ではあるものの、ピアニストのモイセス・P・サンチェス(Moisés P. Sánchez)がピアノをまるでフラメンコギターの如く弾きまくっており、そのスパニッシュなフレーズは完全にフラメンコのそれだ。情熱的なラスゲアードは流石にピアノでは表現力が物足りないが、パキート・ゴンザレス(Paquito González)が叩くカホンと、パブロ・マルティン・カミネロのベースが頑張ってカヴァーしている。
収録曲はスペインのギタリストの手によるものが多い。
(5)「Alcázar de Sevilla」はパコ・デ・ルシア(Paco de Lucía)の作曲。パルマ(手拍子)も交えた演奏には熱がこもる。続くフアン・マヌエル・カニサレス(Juan Manuel Cañizares)作曲の(6)「Aroma de Libertad / Metrópolis」では後半にシンセソロなんかも登場し、この2曲でアルバム中盤は大きく盛り上がる。
ビセンテ・アミーゴ(Vicente Amigo)作曲の(2)「Querido Metheny」は美しいヨーロッパ的抒情を湛えたアンサンブルで幕を開けるが、途中でしっかりフラメンコになるなど面白い展開をみせる。
他にもヘラルド・ヌニェス(Gerardo Nunez)、ラファエル・リケニ(Rafael Riqueni del Canto)といった名手の作品が目白押しで、かなり濃密なアルバムに仕上がっている。
カルレス・ベナベントに憧れ17歳から楽器を始めた努力人
パブロ・マルティン・カミネロは1974年にスペイン北部のバスク州ビトリア生まれ。家系に音楽家はおらず、15歳頃までは楽器に触れたこともなかったそうだ。
17歳でパコ・デ・ルシアのバンドのベーシストであったカルレス・ベナベント(Carles Benavent)に憧れてコントラバスを始めると、楽器をきちんと習得するためにウィーン国立音楽大学に進みヨーゼフ・ニーダーハマー(Josef Niederhammer)とヘルベルト・マイヤー(Herbert Mayr)という名手に師事しクラシック音楽を学んだ。一方で、フラメンコやジャズなど他のジャンルはラテン音楽やマリアッチ、フラメンコのサークルなどで独学で習得していったという。
卒業後にマドリードに移ると、かつてパコ・デ・ルシアを始めとする多くのスペイン人ミュージシャンがそうしたように、伝統的なフラメンコとジャズの融合を目指す。アバ・ラバデ・トリオ(Abe Rabade Trio)を始めとしフラメンコ/ジャズ/クラシックなどをクロスオーヴァーする様々なプロジェクトで活躍している。
Pablo Martín Caminero – contrabass
Moisés P. Sánchez – piano, synth
Paquito González – percussion