理不尽に命を奪われた女性ギタリストの遺志を受け継ぐ、タイス・ナシメントのソロ作

Thais Nascimento - Expressivas

殺人事件の犠牲となった女性ギタリスト/研究者に捧げられたアルバム

ブラジル最南部リオグランデ・ド・スル出身の女性ギタリスト、タイス・ナシメント(Thais Nascimento)の2021年作『Expressivas – Mulheres Compositoras para Violão』はそのタイトルが示す通り、女性作曲家が書いたギター曲を表現力豊かに演奏したソロギター作品である。

そしてこのアルバムは、2017年に若干27歳の若さで元ボーイフレンドによって惨殺されてしまったマトグロッソ・ド・スルの才能溢れる女性ギタリスト、マヤラ・アマラウ(Mayara Amaral, 1989 – 2017)に捧げられている。

マヤラ・アマラウは優れた表現力を持つギタリストであり、また、女性作曲家の作品の研究とその普及に努めたパイオニアでもあった。

タイス・ナシメントは本作の制作にあたって、マヤラが書いた論文『A mulher compositora e o violão na década de 1970(1970年代の女性作曲家とギター)』を参照している。マヤラ・アマラウはこの研究を通じて作曲家たちの楽曲の分析のみならず、ブラジルのギター音楽文化への女性作曲家の貢献を可視化し広く知らせようとした。

ジェンダー議論を巻き起こしたマヤラの事件を受け、タイス・ナシメントは彼女の遺産を音楽的に伝えようと本作のプロジェクトを開始。クラウドファンディングで資金を集めた。

タイス・ナシメントがアルバムのコンセプトを発表し、クラウドファンディングを呼びかける動画

そしてアルバムは2021年初頭にリリースされた。

ジャケットの写真はマヤラ・アマラウの地元で撮影されている。
どこか喜びと緊張の入り混じったような神妙な表情を浮かべるタイス・ナシメントを中心に、その背後に並び笑顔を見せる女性たちはマヤラ・アマラウの遺族や友人など縁のある女性たちだ。彼女たちの表情は、マヤラ・アマラウの研究の成果を理想的な形で世の中に送り出したタイスへの賞賛だろう。このアルバムは単に美しいソロギターの作品集にとどまらない、平等なジェンダーという世界を目指す彼女たちの闘いの成果でもある。

ギターを弾くマヤラ・アマラウ(Mayara Amaral)

神々しいまでに美しい11曲

アルバムはサンパウロの作曲家シンティア・フェレーロ(Cíntia Ferrero)による(1)「Ao extremo (Citações Nordestinas)」で幕を開ける。深みのあるガットギターの音は時に激しく、時に静かに優しく、北東部音楽の名曲「Asa Branca」の印象的なフレーズを引用する遊び心も見せる。

(2),(3)の作曲者エロヂー・ボウニー(Elodie Bouny, 1982 – )はベネズエラ生まれの南米を代表する女性ギタリスト/作曲家だ。数々の国際コンペでの受賞やソロ活動はもちろん、南米音楽を幅広くレパートリーとするイロコ・トリオ(Iroko Trio)のメンバーとして、そして夫のブラジル人ギタリストのヤマンドゥ・コスタ(Yamandu Costa)とのデュオなどでも知られている。
ここで演奏される「Cenas Brasileiras」は情感豊かでリズミカルな名曲だ。

(4)〜(6)「Three Lullabies」はアメリカ合衆国の作曲家バーバラ・コルブ(Barbara Kolb, 1939 – )の作品。調性の希薄な現代的な作風を持つこれらの子守唄は、最終章でのタイス・ナシメントのヴォイスとも相まって鎮魂歌のように聴こえる。

(7)の作曲者アンドレア・ペローネ(Andrea Perrone)はタイスの友人のギタリストで、本作ではこの曲のみDADGADのオープンチューニングで演奏されている。

(8),(9)はサンパウロのリナ・ペレス・ジ・カンポス(Lina Pires de Campos, 1918 – 2003)の作曲。安らかな前半「Ponteio」と、リズミカルな後半「Toccatina」への移ろいが面白い。

Lina Pires de Campos作曲「Ponteio e Toccatina」

(10)「O Encontro das Águas」のルシア・テシェイラ(Lucia Teixeira)もポルト・アレグレのタイスの友人のようだ。

ラストの(11)「Gaúcho / Ó Abre Alas」の作曲家シキーニャ・ゴンザーガ(Chiquinha Gonzaga, 1847 – 1935)は初期のショーロの時代をつくった“ブラジル大衆音楽の母”。現在の豊かなブラジル音楽に大きな貢献をした彼女の代表曲2曲を自然なアレンジで繋げている。

Thais Nascimento – guitar, voice

Thais Nascimento - Expressivas
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