グロル・アギルバス、西洋古典音楽とトルコ伝統音楽を結ぶ架け橋
トルコを代表するジャズベーシスト/作曲家のグロル・アギルバス(Gürol Ağırbaş)が2006年にリリースした名作(迷作?)がこちら、『Köprüler / Iki Dünya』。タイトルは「橋 / ふたつの世界」の意味で、どことどこに橋を架けているのかというと、西洋クラシック音楽とトルコの伝統音楽という二つの世界なのだ。
とにかく笑っちゃうくらい凄い。収録曲は後述のとおり、誰もが一度は聴いたことがある名曲ばかりなのだが、アレンジが半端ない。一聴してその奇抜でインパクト抜群な楽曲群にやられてしまうが、よく聴けばこれがクラシック音楽を単に“パブリックドメインの便利に使える素材”ではなく、グロス・アギルバス自身の知的でユーモアのある音楽的世界観を表現するために必要な対比であったり、どうにか共通点を見出して融合しようとする音楽家としてのチャレンジ精神から生まれたものであることは明らかなように思う。聴き手である私たちは、そのプロセスの中で結果として生まれた意外性や違和感のようなものを楽しめば良いのだ。
敬虔なクラシック音楽ファンの方は、どうか寛容な心で聴いてほしいと思う…
収録曲紹介
(1)「Four Seasons / Spring」
ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi, 1678 – 1741)作曲、「『四季』より 春」。
2020年に45歳という若さで惜しくも他界した名手ユルドゥラン・グス(Yıldıran Güz)のウードに導かれ、お馴染みのメロディーが弦楽オーケストラによって朗々と奏でられるが、すぐに打楽器ダラブッカのリズムが雪崩れ込み橋の中東側にフォーカスさせる。
ヴォーカルのサミ・ウーセル(Sami Özer)は1950年生まれのスーフィー音楽の一流歌手だ。
(2)「Hungarian Dances」
ブラームス(Johannes Brahms, 1833 – 1897)の「ハンガリー舞曲第5番」はもともとロマ(ジプシー)の伝承曲に基づいており原曲自体に一般的な西洋音楽とは異なる異国情緒があるため、ほとんど違和感のないアレンジだ。ヴァイオリンのトゥレイ・ディンレヤン(Turay Dinleyen)をソリストとして迎えている。パーカッション隊が荒ぶる感じが良い。
(3)「Pavane」
フランスの作曲家フォーレ(Gabriel Fauré, 1845 – 1924)による「パヴァーヌ Op.50」。フレットレス・ギターの先駆者であるエルカン・オグル(Erkan Oğur)がe-bowを用いて表現するイントロからのギターの音色にも注目。
(4)「Carmine Burina」
この曲のみ、他と若干雰囲気が異なる。この「カルミナ・ブラーナ」はドイツの作曲家カール・オルフ(Carl Orff, 1895 – 1982)による舞台曲で、荘厳なオーケストラやコーラスが圧巻。
(5)「Adagio」
イタリアの作曲家アルビノーニ(Tomaso Albinoni, 1671 – 1751)による名曲「アダージョ」にはケマンチェ奏者デリャ・トゥルキャン(Derya Türkan)がソリストとして参加。ソプラノの女性の声を思わせるケマンチェの音色や、それに呼応するダラブッカが心地いい。
(6)「Concierto De Aranjuez」
ホアキン・ロドリーゴ(Joaquín Rodrigo, 1901 – 1999)の「アランフェス協奏曲」。ターキッシュ・クラリネットのシュクリュ・カバシ(Şükrü Kabacı)によるターキッシュ・クラリネットをフィーチュアしている。
(7)「Carmen」
なんとなく競争心を煽られるビゼー(Georges Bizet, 1838 – 1875)の「カルメン」。ハリル・カラドゥマン(Halil Karaduman)が弾く煌びやかな音色の楽器はアラブ世界の伝統楽器カーヌーン。
(8)「Bolero」
モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875 – 1937)の名曲「ボレロ」。原曲の一定のリズムでキープされるスネアのリズムも遠く鳴っているが、それ以上にターキッシュ・パーカッションのリズムが強烈だ。ソリストのエルカン・ウルマック(Ercan Irmak)のネイ(伝統的な葦笛)の音色が素晴らしい。
(9)「Eine kleine Nacht Musik」
モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756 – 1791)の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」はどうも安直なアレンジに聴こえてしまうが、それはおそらく選曲のせいだろう。ターキッシュ・クラリネットのサヴァシュ(Savaş)や著名パーカッション奏者オカイ・テミズ(Okay Temiz)が参加している。
(10)「From the New World」
原曲のメロディーを中東風にだいぶ崩してきたドヴォルザーク(Antonín Leopold Dvořák, 1841 – 1904)の「新世界より」。8曲目の「ボレロ」に続いて、ネイ奏者エルカン・ウルマックがソロを務める。プログラミングによるドラムのリズムも効果的だ。
トルコを代表するベーシスト、グロル・アギルバス
グロル・アギルバス(Gürol Ağırbaş)はイスタンブール生まれ。パーカッション奏者のビロル・アギルバス(Birol Ağırbaş)は兄弟。
これまでに数多くのポップス、ジャズ界隈などで活躍してきており、1990年代にはトルコで初めてのソロベースの作品をリリースしている。
従来よりトルコの伝統音楽と西洋的な音楽を融合することに強い関心を抱いているようで、彼の音楽活動において一貫したひとつの軸となっている。
Gürol Ağırbaş – bass guitar, keyboards
Ahmet Koç – baglama (4)
Metin Çakır – clarinet (2)
Savaş – clarinet (9)
Şükrü Kabacı – clarinet (6)
Murat Samsunlu – cümbüş (2)
Erkan Oğur – e-bow, baglama, fretless guitar (3, 5)
Ahmet Meter – kanun (2)
Halil Karaduman – kanun (1, 7)
Derya Türkan – kemenche (5)
Ercan Irmak – ney (8, 10)
Yıldıran Güz – oud (1)
Almanyalı Suat – percussion
Okay Temiz – percussion (9)
Gündem – strings
Turay Dinleyen – violin (2)
Sami Özer – vocals (1, 4)