アルメニア随一のピアニストによるアルメニアン・ジャズ
アルメニアの巨匠ピアニストが率いるカルテット、ヴァン・カルテット(VAN Quartet)による初のスタジオアルバム『Return』は、東欧らしい独特の旋律が多用され、特にアルメニアの民族楽器ドゥドゥク(オーボエと同種のダブルリードの木管楽器)の音色が印象的だ。
アルメニアのジャズといえば近年はコンテンポラリー・ジャズと民族音楽や教会音楽、プログレッシヴ・ロックなどの融合を試みるピアニストのティグラン・ハマシアンなどが密かに注目を集めているが、まだまだ他のアーティストたちが充分に紹介されていないのも事実。そんな中で、今作のリーダーであるピアニスト/作曲家のバハグン・ハイラペティアン(Vahagn Hayrapetyan)は1980年代後半からアルメニアを中心とした東欧周辺のジャズシーンで活躍し、現地の伝統的な音楽とジャズの融合を試みてきた重要人物だ。
ハイラペティアンは1968年エレバン(アルメニアの首都)生まれで、著名なフィドル奏者カラペット・ハイラペティアン(Karapet Hayrapetyan)を父に持つ。地元で作曲とピアノを学んだあと、若い頃はアメリカ合衆国のニューヨークやニューオーリンズでセッションを重ね、何枚かのアルバムもリリースしている。
地元に戻った後は各地で演奏活動や映画音楽などの仕事を行いつつロシア、シリア、イラン、レバノン、ヨルダンなどでジャズを教えるなど、まさに文化の橋渡し役として貢献してきた人物だと言える。
今回のバンド、VAN Quartetはそんなバハグン・ハイラペティアンが2017年に結成し、各地でコンサートを行ってきたカルテットである。
メンバーはハイラペティアンのほか、同じくアルメニア出身のドゥドゥク奏者エマニュエル・ホバニシアン(Emmanuel Hovhannisyan)、ロシア出身のベース奏者マカール・ノビコフ(Makar Novikov)、そしてロシア出身ドラムス・パーカッション奏者のヴァルタン・ババヤン(Vartan Babayan)で、サイドマンたちもそれぞれがシーンを代表する名手。
特に1983年生まれのドゥドゥク奏者エマニュエル・ホバニシアンは現在最も知られているドゥドゥク奏者のひとりで、これまでも数々の賞に輝き、国立オーケストラを含む複数のバンドやプロジェクトで演奏を行なっている。
今作でも“世界一悲しい音色”を持つとも呼ばれるドゥドゥクや、アルメニアのフルートであるブルール(blul)による極めて表現力の豊かな演奏はぜひ注目してもらいたい。
非常に東欧的・アルメニア的な楽曲群から、極上ヨーロッパ・ジャズな(6)「Old Waltz」といった楽曲まで、幅広く楽しめる素敵な作品だ。
Vahagn Hayrapetyan – piano
Emmanuel Hovhannisyan – duduk, blul
Makar Novikov – bass
Vartan Babayan – drums, percussion