故郷ハバナへの想いを馳せるアナ・カルラ・マサ新譜
キューバ出身のチェリスト/SSW、アナ・カルラ・マサ(Ana Carla Maza)の『Bahia』は、生まれ故郷であるハバナやチェロを学んだフランスなどへの想いを、自身のチェロと声のみで演じられる豊かな音楽作品だ。キューバのソンなどのラテン音楽、南米音楽、ヨーロッパの大衆音楽、クラシック、ジャズなどを幅広く吸収した感性による弾き語りはシンプルだがエレガントで躍動感に満ち、芯の強さを感じさせる。
(1)「La Habana」や(2)「Bahía」は彼女が幼児期に住んでいたハバナと、港に面したバイーア地区の思い出を歌ったもの。アナ・カルラはチリ生まれの父親がピアニスト、キューバ出身の母親がギタリストという家庭に育っており、幼少期から家庭には常に音楽があったという。
(3)「Astor Piazzolla」はタイトル通りアルゼンチン・タンゴの巨匠アストル・ピアソラへのオマージュで、バンドネオンを模したチェロの独奏が素晴らしい。
単純なコード進行ながらもチェロの弾き語りという独自性によって(ところどころで若干不安定な音程でさえも)魅力的に映える(5)「Le petit français」や、低音の開放弦を左手でピチカートしつつ高音弦を弓で弾くという技法に耳を奪われる(6)「Huayno」などなど、魅力的な声質と歌唱力というヴォーカリストとしての分かりやすい良さだけでなく、チェリストとしての卓越した表現力や、それを下支えする作曲家としての才能など、ソロ演奏だからこそストレートに伝わってくる音楽家としての総合的な完成度の高さが感じられる。
それにしてもチェロという楽器が女性の弾き語りにこんなにも合うとは…。
チェロの一般的な調弦での最低音はC1で、ギターのそれよりも3度低い。5度調弦のため弦は4本ながら高音域も広く使え、このアルバムでも多用されているようにピチカートでコード感のある奏法も可能。さらに弓を使えばクラシカルなニュアンスも表現しやすく、あらためてチェロの魅力にも気付かされる作品である。
アルバムは2021年にCovid-19のため亡くなったアナ・カルラの幼少期の頃のピアノ教師、ミリアム・バルデス(チューチョ・バルデスの妹)に捧げた美しい曲(9)「Miriam Valdés」で幕を閉じる。この曲でのみ、アナ・カルラはチェロではなくピアノを弾き語りの相棒に選んでいるが、彼女の指先からは遠い故郷の風景が淡い余韻を伴って見事に描き出されている。
Ana Carla Maza – cello, piano, vocal