驚くばかり！ ルドレシュ・マハンサッパ新譜に「あつ森のテーマ」
ゴリゴリのビバップ的アルトサックスのブロウで始まる(1)「Animal Crossing: New Horizons Theme」の46秒頃、そのお馴染みのメロディーの断片が顔を覗かせたとき、子どもから大人まで多くの人の耳が彼のサックスが奏でる音色に耳を奪われるだろう。58秒、それまでの変拍子からリズムが4/4拍子に落ち着くと、驚きは確信に変わる。
インド系米国人アルトサックス奏者、ルドレシュ・マハンサッパ（Rudresh Mahanthappa）の新作EP『Animal Crossing』の冒頭には、なんとあの任天堂の世界的人気ゲーム『あつまれ どうぶつの森』のメインテーマが収録されている。Animal Crossingとは“あつ森”の海外版のタイトルだ。ゲームを知っている人ならば愛すべきどうぶつたちが住む島の長閑な画が思い浮かぶ、どうしたってジャズのスタンダードにはならなさそうな“とたけけ”こと戸高一生作曲のこの楽曲を、ルドレシュ・マハンサッパは遠慮なくエネルギッシュなビバップの素材にしている。随所であのテーマを提示しつつも、アドリブでは長めの超高速フレーズだって吹くしアウトだってしまくる。最初は「え、インド人があつ森でジャズを!?」みたいな面白さと驚き半々の気持ちで聴き進めるうち、決してそんな安易な気持ちで聴くものではない、もうめちゃくちゃに格好いいジャズだということに気が付くだろう。ジャズの面白さって、本来こうしたよく知られた曲を一流のミュージシャンが自在に料理して様々なアイディアを即興的に加えていく凄みにあったはずなのだ。そんな単純なことに改めて気付かせてくれる怪演だと思う。
EP収録曲は他にジャズギターの巨匠パット・メセニー（Pat Metheny）の(2)「Missouri Uncompromised」、ジャズ・フリューゲルホルン奏者チャック・マンジョーネ（Chuck Mangione）の(3)「Give It All You Got」、そしてポップデュオ、ワム（Wham!）で知られるジョージ・マイケル（George Michael）の(4)「Faith」と、いわば通好みの選曲が並ぶ。そんな中で取り上げられた「あつ森」は、ルドレシュ・マハンサッパの二人の子どもたちとの生活を反映している可能性がある。
Bandcampでの本作の紹介文によると、マハンサッパは「あつ森」についてこのように語っている。
どうぶつの森は、ロックダウン下での多くの人々にとって一種の救世主になった。
bandcamp.com
たくさんの人々に落ち着きと前向きな気持ちを与え、孤立した人々がつながる手段となった。オンラインで友達と遊ぶこともできるし、誕生日パーティーを『どうぶつの森』で行ったという話だってある。このビデオゲームにそのような存在感とパワーがあることは私にとっての驚きだったんだ。
収録曲は全てトリオで演奏される。
ベースはフランス出身の名手フランソワ・ムータン（François Moutin）、ドラムスはテキサス州出身のルーディー・ロイストン（Rudy Royston）。このトリオの布陣はコロナ禍でひっそりとリリースされた前作『Hero Trio』と同じだ。三位一体の複雑な絡み合いを見せるトリオの演奏の妙技にもぜひ注目いただきたい。
Rudresh Mahanthappa プロフィール
ルドレシュ・マハンサッパは1971年生まれ、現在は米国ニューヨークを拠点に活動するアルトサックス奏者。インド系移民の家庭でイタリアのトリエステで生まれたが、幼少期から青年期のほとんどを米国コロラド州ボルダーで過ごしている。1992年にバークリー音楽大学卒業、1998年にシカゴのデポール大学でジャズ作曲を修了。
1997年にニューヨークに移住した後、彼は同じくインド系ピアニストのヴィジェイ・アイヤー（Vijay Iyer）と共にアルバム『Architextures』を制作。その後もヴィジェイ・アイヤーとは頻繁に共演を行ってきた。
音楽的な影響源は古典的なジャズなどのほか、バークリー音楽大学時代に初めて聴いた南インド・カルナータカのサックス奏者カドリ・ゴパルナス（Kadri Gopalnath）に強く感化されている。インド音楽に西洋の楽器を持ち込んだカドリ・ゴパルナスの音楽は彼に大きなインスピレーションを与え、のちに共演アルバム『Kinsmen』の制作にも至った。
Rudresh Mahanthappa – alto saxophone
François Moutin – acoustic bass
Rudy Royston – drums