ヴィジェイ・アイヤー、新たなトリオで放つ“不安の時代”の音楽

Vijay Iyer Trio - Uneasy

ヴィジェイ・アイヤー、創造性が爆発する傑作新譜

現代のジャズシーンを代表する個性派ピアニスト/作曲家ヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)が、ベースにリンダ・メイ・ハン・オー(Linda May Han Oh)、ドラムスにタイショーン・ソーリー(Tyshawn Sorey)という新たなトリオで初録音した新作『Uneasy』をECMからリリースした。

テーマはアルバムのタイトルにもなっている「不安(uneasy)」だ。この作品は世界中に蔓延する社会的・政治的な動揺が見事に表現された作品と言っても過言ではないだろう。
今作でもヴィジェイ・アイヤーは徹底的にクリシェを排し、見通しのつきにくい未来をその音楽の構成で表現していく。ピアノの低音がどんよりと響く表題曲(8)「Uneasy」はあのアメリカ同時多発テロ事件のちょうど11年後の2011年に作曲されたもので、ニューヨークにずっと住んでいたヴィジェイ・アイヤーはどんな平和的な瞬間にあってもずっと穏やかではない不安を心の片隅に抱いていたという。アメリカはいつどこで爆発してもおかしくない病巣を抱えている。ジャケットのアートワークは遥か遠くに佇む自由の女神像。“自由の国”と呼ばれるアメリカに生きるインド系アメリカ人のヴィジェイ、マレーシアに生まれオーストラリアで育った中国系のリンダ・オー、黒人のタイショーンの3人もそれぞれ、想うところがあったのだろう。

ラストの(10)「Entrustment」は“委託”という意味だが、ここには戦い疲れた庶民の諦観が感じられた。

(2)「Combat Breathing(戦いの呼吸)」のスタジオ演奏動画。
ゆったりと大地を揺らすピアノとベースの低音の上で、ヴィジェイ・アイヤーの右手から繰り出される閃光のようなソロ。

「Night and Day」などのカヴァーや過去作からの再録も

本作にはヴィジェイ・アイヤーのオリジナルの他、カヴァー曲も2曲収録。いずれもヴィジェイ・アイヤーにとって思い入れのある近年この世を去ったアーティストの楽曲で、追悼の意味合いが込められている。

2020年に亡くなったピアニスト、マッコイ・タイナーによるジョー・ヘンダーソンのアルバム『Inner Urge』(1964年)での演奏にインスパイアされたというスタンダード(3)「Night and Day」はフォービートの高速スウィング・ジャズをリズムの基調にしつつも、決して50年前のジャズの再現ではなく(この印象にはリンダ・オーのベースラインも大きな役割を果たしている)、現代ジャズの面白さや、ヴィジェイ・アイヤーという稀代の才能を楽しむにはうってつけの演奏だ。冒頭、緊張感の張り詰めるイントロからお馴染みのテーマにスムーズに繋がる瞬間は視界が突然開けるようでゾクゾクする。

惜しくも2017年に60歳で亡くなった女性ピアニスト/作曲家であり、ヴィジェイ・アイヤーとも深い親交のあったジュリ・アレン(Geri Allen)作の(5)「Drummer’s Song」は、本作の中では特異な明るい曲調を持つ1曲で、ヴィジェイにとってジュリ・アレンという存在がいかに特別なものだったかを窺わせる。

(7)「Configurations」はヴィジェイのオリジナルだが、『Panoptic Modes』(2001年)収録曲の再録だ。20年前の演奏とは全く違う印象を受けるので、聴き比べてみるのも面白い。

ヴィジェイ・アイヤー略歴

ヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)は1971年、インドからの移民の両親の元ニューヨーク郊外に生まれた。3歳から15年間ヴァイオリンを習っているが、ピアノはほぼ独学。イェール大学で数学と物理学を専攻し、カリフォルニア大学バークレー校で音楽の認知心理学を学びながらジャズ・クラブに出演し音楽への情熱を燃やし続けた。

1995年に『Memorophilia』でアルバムデビュー。
ACTよりリリースされた2009年作『Historicity』はグラミー賞にノミネートされ、ダウンビート誌、ニューヨーク・タイムズ紙によって年間ベスト・ジャズアルバムにも選出されている。
これまでに20枚ほどの作品を発表。2013年の『Mutations』以降はECMからリリースしており、今作『Uneasy』はECMからの7枚目となっている。

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