エスビョルン・スヴェンソン、HDDに眠っていた音源をリリース
ヨーロッパ・ジャズのグループとして最も成功し、後進に大きな影響を残したピアノトリオ、e.s.t.(Esbjörn Svensson Trio)のリーダーでありピアニスト/作曲家のエスビョルン・スヴェンソン(Esbjörn Svensson)がスキューバダイビング中の不慮の事故で亡くなるわずか数週間前に、彼の自宅で録音され、その後妻のエヴァ・スヴェンソンによって“発見”されるまでハードディスクの中に眠っていたままになっていた未発表音源が1枚のアルバムとなってリリースされた。
同様に自宅で録音されたソロ・ピアノ作品というとキース・ジャレットの名盤『The Melody At Night, With You』が思い起こされるが、エスビョルンのこの音源も同様に自身の内面に深く入り込み、時に静かに穏やかに、そして時に激しく鬼気迫る演奏が捉えられている。ほとんどが即興的に紡がれたと思われるメロディーで、曲名もなく(アルバムでは便宜上ギリシャ文字が曲名にあてられている)、エスビョルン本人も発表するつもりがあったのかどうか分からない。それでもこれらの音源にはリスナーを聴き入らせる魔力があるし──より純度が高く、内面の感情を写すパーソナルなものだからこそ、トリオの音源にはない魅力もかなりある──、これまでトリオのフォーマットでの録音がほとんどだった彼の唯一のソロピアノとしても、とてつもなく貴重なものであることは疑いようがない。
アルバムには『HOME.S.』というタイトルがつけられている。全9曲。誰にも邪魔されない静かな環境でじっくりと耳を傾ければ、この稀代のピアニストがまだまだ語りたかったであろう音楽の言葉が聴こえてくるようだ。
スウェーデンの伝説的ピアニスト
エスビョルン・スヴェンソン(Esbjörn Svensson, 1964 – 2008)はスウェーデンの人口3000人の町スクルツナで生まれた。ピアノでクラシック音楽を演奏する母親、ラジオと蓄音機でジャズを聴く父親という家庭の中で、エスビョルン自身は最新のポップスとロックをラジオ・ルクセンブルクで聴きながら育ったという。クラシックのピアノを始めた彼は10代の頃には友人たちとロックバンドを組み、その後クラシックに戻り、最終的にジャズへと行き着いた。
ストックホルムの王立音楽院で4 年間学ぶと、エスビョルンは自分の音楽を探求したいと考え、1990年に幼なじみのドラマー、マグヌス・オストロム(Magnus Öström)とジャズ・コンボを結成。1993年にはベーシストのダン・ベルグルンド(Dan Berglund)が加わり、エスビョルン・スヴェンソン・トリオ(Esbjörn Svensson Trio)が誕生。同年デビュー・アルバム『When Everyone Has Gone』をリリースした。
国際的なブレイクは1999年の『From Gagarin’s Point of View』から。以降バンド名を「E.S.T.」「e.s.t.」と変遷させ、ロックやエレクトロニックを持ち込んだ独創的なジャズで2000年代前後のジャズ・ピアノトリオの中でも特に異彩を放ち、世界中の多くのミュージシャンに影響を与えた。
2008年にストックホルム近くの小島でのスキューバ・ダイビング中に事故死。44歳、全盛期での逝去のニュースは世界中に衝撃を与えた。
Esbjorn Svensson – piano