ブラジル音楽の新たな船出。ガブリエル・ダ・ホーザのデビュー作
ブラジル出身で現在はロサンゼルスを拠点とするSSW/ギタリストのガブリエル・ダ・ホーザ(Gabriel da Rosa)。ロサンゼルスではDJとしても活動し、さまざまなブラジル音楽を紹介しているという彼のデビューアルバム『É o que a casa oferece』が現代の最重要インディーズレーベルのひとつであるStones Throwからリリースされた。
アルバムを再生してみると、(1)「Bandida」から驚くほどストレートなボサノヴァのバチーダと、ソフトな歌声、サンバのパーカッションといった1950年代後半以降のブラジル音楽の要素が凝縮されつつも、随所に現代的なエッセンスも塗された繊細なサウンドに驚かされ、一気に惹き込まれる。
ギターにはジョアン・ジルベルトの面影、サックスにはスタン・ゲッツ、遠くに聞こえるはリオのカルバヴァル。
わずか2分ちょっとのオープニングだが、ボサノヴァの誕生から半世紀以上が経過した2023年に聴くには懐かしさと嬉しさが複雑に入り混じった衝撃を覚えてしまう。
彼の音楽には根本的にブラジルが生んだサンバの精神性がある。
それに、アントニオ・カルロス・ジョビンなどの先人が作り上げてきたような、ジャズや西洋古典音楽をブラジルのリズムやショーロ音楽に取り入れた豊かな和音感覚も染み付いており、非常に高度ながら聴きやすいという理想的な完成度に達している。
つまり、プリミティヴと現代的な洗練が不思議と同居している音楽がこの作品の大きな特長なのだ。
ナイロン弦ギターのバチーダだけではなく、室内楽的で丁寧なアレンジ、サンプリングも効果的に用いた音響演出など、細部にまで拘って作られた完璧な芸術作品。ラストに収録された(9)「Cachaça」などはまさしくサウダーヂの極致といっても過言ではないだろう。
“現代のボサノヴァ”を探求するアルバム
彼が追求するのは“現代感覚のボサノヴァ”だ。
確かにボサノヴァはブラジルでは1950年代後半から60年代半ばまでの一過性のムーヴメントだったかもしれないが、このジャンルとしても確立された音楽がその後の世界に与えた影響は大きい。
同時期に全盛期を迎えた“モダン・ジャズ”を経て発展した近代のジャズ“コンテンポラリー・ジャズ”は一般的なのに、“ボサノヴァ”から発展した“コンテンポラリー・ボサノヴァ”があっても良いのでは?──そんな問題提起とも感じられる。そうした意味でも、常にリスナーの感性をアップデートしてきたStones Throwから本作がリリースされたことには大きな意味がありそうだ。
ガブリエル・ダ・ホーザはブラジルのリオグランデ・ド・スル州クルス・アルタ出身。
LAに辿り着く前には世界中を旅し、その過程を通じてStones Throwの創立者であるDJ/プロデューサーのピーナッツ・バター・ウルフ(Peanut Butter Wolf, 本名:Chris Manak)に出会った。ともにブラジルの音楽を愛する二人はすぐに意気投合し、Stones Throwの短くはない歴史で初めてのブラジル人音楽家の作品がリリースされることになったようだ。
ラジオDJの父と、詩人の母の間に生まれたガブリエルは幼少期からブラジルの豊かな音楽に親しんだ。
彼は今作について、次のように語っている:
ボサノヴァをいつの日か演奏するのが夢だった。じっくり探求し慣れるまでは、自分には手に負えない、演奏できない、想像を絶するタイプの音楽だと感じていた。ボサノヴァを聴くと、幸せな気分になって楽しい思い出がよみがえるんだ。
stonesthrow.com
アルバムにはアジムス(Azymuth)のドラマー、イヴァン・コンチ(Ivan Conti)が参加。
さらに共同プロデューサー/楽曲の共作者としてセウ・ジョルジ(Seu Jorge)やホドリゴ・アマランチ(Rodrigo Amarante)との仕事で知られるペドロ・ドム(Pedro Dom)が参加している。