マガリ・ダッチラ、歌手としての魅力が増した新作
アンドレア・モティス(Andrea Motis)やリタ・パイエス(Rita Payés)といった優れた若手ジャズ・ミュージシャンを輩出したことで知られるサン・アンドレウ・ジャズバンド出身のベーシスト/歌手マガリ・ダッチラ(Magalí Datzira)が、サン・アンドレウ卒業後の初のフルレンス・アルバムとなる『Des de la cuina』をリリースした。
優れたジャズ・ベーシストとしての確かな基礎をもちつつ、ナイロン弦ギター奏者として、そして歌手としての彼女の類稀な魅力が曝け出された今作は、すでに傑作といって過言はないだろう。
ピチカートもアルコも駆使したダブルベースを軸としたアコースティックな演奏に、優しいギターの演奏、さらには適度なエレクトロニックを塗し、そして何よりも少しスモーキーで少女的な声質や日常感のあるアンニュイなヴォーカルはこれまでの彼女の作品と聴き比べても圧倒的に表現力が増している。一人称で囁くように語られる物語は、彼女のアーティストとしての飛躍的な進化を否応にも滲み出す。
収録曲は同世代のピアニスト/作曲家であるトニ・モラ(Toni Mora)作で、彼のピアノをフィーチュアした(11)「Cançó de bressol」を除きすべてマガリ・ダッチラの作曲。スペイン語、英語、ポルトガル語を駆使し、サン・アンドレウ・ジャズバンドで学んだジャズやクラシック、ブラジル音楽の語法を彼女自身で咀嚼し、個性を加え新たにアウトプットした素晴らしい音楽芸術を発信する。
ベースの多重録音と彼女の声が印象的な(1)「Riu (intro)」、ピアノやナイロン弦ギターのサウンドも心地よいタイトル曲(2)「Des de la cuina」、静謐で室内楽的な(3)「Move Out」など、リズム楽器がない分、より繊細に内面的な感情表現が伝わる世界観に惹き込まれてしまう。
本作ではマガリ・ダッチラはベースだけでなくギターも演奏し、マルチ奏者としての才能を魅せる。
メキシコのシンガー、フエンサンタ・メンデス(Fuensanta Méndez)との共作・共演(5)「Devorando bofetadas」や、ギター1本で歌う(7)「Ciao Toscana」、ラストに収録されたポルトガル語で歌われるサンバ(12)「Samba x lembrar」まで、とにかく最高!と叫びたくなるような稀有な音楽体験が続く作品だ。
Magalí Datzira プロフィール
マガリ・ダッチラは1997年スペイン・バルセロナ生まれ。7歳の頃からコントラバスを始め、ジョアン・チャモロ(Joan Chamorro)が主宰するユース・ジャズバンドであるサン・アンドレウ・ジャズ・バンド(Sant Andreu Jazz Band)に13歳で加入しベースを担当。同バンドの最初の国際的スターであるトランペット/歌手のアンドレア・モティス(Andrea Motis)とサックス/歌手エヴァ・フェルナンデス(Eva Fernández)が卒業したあとのフロントとして抜擢され、ベースを弾きながら歌う姿を披露。2014年には『Joan Chamorro Presenta Magalí Datzira』でアルバム・デビューを果たしている。
アコースティックベース、エレクトリックベースを弾きながら歌う成熟した表現力が魅力で、サックス奏者の兄イスクル・ダッチラ(Iscle Datzira)とのデュオ、ダッチラ・ブラザーズ(Datzira Brothers)での活動も。
2021年のソロ名義のEP『</3』もまた、今作とは違ったポップさも持ち合わせたおすすめの作品だ。