ミルトン・ナシメントの軌跡を総括する演劇のサウンドトラック
ブラジルで最も偉大な作曲家/ヴォーカリストであるミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)のキャリア50年および生誕70年を記念して、2013年から2016年にかけてミルトンの膨大な作品を演劇の観点から捉え直したミュージカル『Nada Será Como Antes』が上演された。
ミュージカルの内容も興味深いものだが、30曲近い膨大な楽曲がデリア・フィッシャー(Delia Fischer)によって編曲されたそのサウンドトラック『Nada Será Como Antes』は、ミルトン・ナシメントの楽曲の魅力を見事に捉え、現代に印象深く蘇らせており、ブラジル音楽ファンならぜひ聴いてほしい素晴らしい音楽作品となっている。
本作はミュージカルを演じたミナスジェライス州のポント・ヂ・パルチーダ(Ponto de Partida)劇団の8人の俳優/歌手によって歌われている。美しく力強い声たちによって探求されるミルトン・ナシメントの世界観はより詩的な知性をまとい、豊かな纏まりをもって次々と演奏される。バックバンドはもちろん生バンドで、編曲を担当したデリア・フィッシャー自身もピアノや演者として参加している。
収録は全28曲。ミルトン・ナシメントの代表曲はほぼ網羅していると言ってよいだろう。
(3)「Clube da Esquina Nº 2」はやはり幻想的で想像を絶するほど美しく、天上の音楽のように聴こえる。バッハの平均律クラヴィーア曲集「前奏曲 第1番 ハ長調」をイントロに巧みに引用した(9)「Maria Maria」はアレンジが見事だし、劇中では人魚に扮した俳優が歌う(14)「Milagre Dos Peixes」もこの世のものとは思えない圧巻の美しさだ。
(18)「Coração de Estudante」での歌とクラリネットの美しい絡み、ミルトン・ナシメントの素朴さの真骨頂である(19)「Ponta de Areia」でのコーラスワーク、(22)「San Vicente」の原曲に忠実ながらさりげなく工夫が加えられたコードワークも最高だ。
アルバムは終盤にかけて更に感動に追い討ちをかけていく。
男女のデュオで情熱的に歌われる(26)「Amor de Índio」、もっともドラマティックな(27)「Travessia」、ラストの(28)「Nada Será Como Antes」はまさしく大円団。
これだけ、ミルトン・ナシメントを包括的かつドラマティックに仕上げた作品はほかにないだろう。
この作品はミナスジェライスの小さな街トレス・ポンタス(Três Pontas)で育った男の偉大な軌跡を、最高の感度で、最大の敬意をもって振り返る。ミルトン・ナシメントの音楽への愛が溢れた歴史的なアルバムであることは間違いない。
ミルトン・ナシメント自身もこのミュージカルの初演を観て涙を隠したという。
Delia Fischer – arrangement
Jules Vandystadt – vocal arrangement