ポール・サイモンの生き様が詰まった新作『七つの詩篇』

Paul Simon - Seven Psalms

ポール・サイモン新作『Seven Psalms』

ポール・サイモン(Paul Frederic Simon)は1941年10月13日、アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアークのユダヤ人の中流家庭に生まれた。いつも聖書を読み、神が私たち全員に目を留めておられると信じて育った少年は、その後の長い人生を通じて、彼が“家族”と呼ぶ──曰く、「家族はどんなに喧嘩をしても、嫌いになるわけではない。家族ってそういうものだろう?」──同じくユダヤ系のアート・ガーファンクル(Arthur Ira Garfunkel, 1941 – )とのデュオ時代を含め、史上最多の13度のグラミー賞を受賞し、ミュージシャンとしては唯一「世界で最も影響力のある100人」に選出されるほどの成功を収めた。

2018年のワールド・ツアーを以てツアー活動からは引退。それから5年の歳月を経て、彼のソロ15枚目の作品が届けられた。

『Seven Psalms』(七つの詩篇)と題されたこの作品は、この偉大なアーティストが自身の信仰や人生を見つめ直し総括した作品だ。そして、完璧にシームレスに繋がる7つの楽曲からはキャリアの終着点の風景さえ垣間見え、もしかしたらこの作品がポール・サイモンという人の音楽に触れられる最後の機会かもしれないと感じさせるだけの得体の知れぬ迫力に満ちている。

ポール・サイモンが自己の精神世界と深く向き合い、生み出された作品

全編、彼のヴォーカルとアコースティック・ギターによって導かれるが、随所で繊細な感性でさまざまな楽器等の音が重ねられ独特の芸術的空間を創り上げている。静謐だが力強い声とギターはクラウド・チェンバー・ボウルやグロッケンシュピール、管楽器、弦楽器、さらにはヴォーチェス8(VOCES8)やエディ・ブリケル(Edie Brickell)といった声楽によって補強され、彼の内面にある途方もない精神世界へとリスナーを誘う。

ポール・サイモン『Seven Psalms』のEPK

ポール・サイモンの音楽はそのシンプルで美しいメロディーが注目されがちだが、彼はずっと詩人だった。

古い友人である暗闇と会話をしたり(「Sound of Silence」)、強がりの欺瞞を描いたり(「The Boxer」)、精神的な支えである家路について(「Homeward Bound」)など人間に普遍の弱さを暗喩的に歌い、そしてときにはジョー・ディマジオの行方を尋ねたり(「Mrs. Robinson」)、ヒッチハイクで旅をしニュージャージーのターンパイクの車の数を数えたり(「America」)と、アメリカのノスタルジーをも呼び起こしてきた。

そんな彼が今作で連呼する単語は「The Load」(主 = キリスト)。
これもまた、何かに縋らずには生きられない人間の弱さ故のものだろう。
ただ、それは盲信ではない。彼の神に対する見解は主にレナード・コーエン(Leonard Cohen)の流れを汲む世俗的で懐疑的なユダヤ人のそれと似ており、今作の匂いもデヴィッド・ボウイ(David Bowie)の『Blackstar』やレナード・コーエンの『You Want It Darker』と類似する。

『Seven Psalms』

ポール・サイモンは、今作のレコーディング中に左耳が難聴になったと明かしている。
今作の最後の言葉は「Amen」、祈りの言葉で締め括られる。
それは彼の音楽を愛する我々リスナーにとっても、覚悟を求められる言葉のように感じられた。

アルバムのジャケットには、米国の風景画家トーマス・モラン(Thomas Moran, 1837 – 1926)が描いた『Two Owls』(二羽のフクロウ)の一部を拡大したものが採用されている。

Paul Simon - Seven Psalms
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