イラン出身ギタリスト、マハン・ミララブのペルシアン・ジャズ
イラン・テヘラン出身のギタリスト/作曲家、マハン・ミララブ(Mahan Mirarab)の2022年作『Say Your Most Beautiful Word』。“ジャズのペルシャ側”(Persian side of jazz)を標榜する彼の武器はフレッテッドとフレットレスの2本のネックを備えたギターだ。スピリチュアルな女性ヴォーカルやヴァイオリン、クラリネットなどバンドメイトの音も滋味深く、マハン・ミララブのオーストリアでの15年近い活動の中でも今作はより深い精神性を探求する作品となった。
楽曲は建築学を学んだ彼らしい構築美を備えている。物語の始まりを予感させる(1) 「Beginning」ではマハン・ミララブはただひたすらに躍動的なアルペジオを弾く。デイヴィッド・シックス(David Six)のピアノやマーティン・ベラウアー(Martin Berauer)のベースが自由にメロディを紡ぎ、マハンと同じくイラン系の女性シンガー、ゴルナー・シャヒヤー(Golnar Shahyar)が天上の歌声を聴かせる。
(2)「Taboo Ata」はより中東的なサウンドだ。フレットレスのエレクトリック・ギターでのソロは微分音や音程のスライドを効果的に交え、ペルシャの伝統音楽に由来する旋律でアイデンティティを特徴づける。ほぼワンコードで続く演奏には心地よい催眠効果も。
テクニカルな(5)「Say Your Most Beautiful Word」ではドイツ出身のヴァイオリン奏者フロリアン・ウィライトナー(Florian Willeitner)のソロが際立つ。
ジャズの哲学を通して伝統音楽の慣習を打ち破る
マハン・ミララブの音楽は単にペルシャの伝統音楽を新しい方法で提示しているだけではない。
「ジャズは哲学です」と彼は語っている。それは連帯の方法であり、自分のアイデンティティのために戦う方法である、と。
「ヨーロッパの移住してきた私は、自分の文化的背景から強い影響を受けている」ミララブは強調する。
「ジャズの哲学を通して、伝統的な慣習にとらわれない自分自身の言葉を見つけることができた」
独学でのジャズの探求に始まり、リズム、ハーモニー、そして楽器にさえも強いオリジナリティを求めてきた。多くの実験的な試行錯誤を経て進化を続けることが、このマハン・ミララブという音楽家の凄さなのだろう。
ジャズなき地から現れた努力の天才
マハン・ミララブ(Mahan Mirarab)は1983年イランの首都テヘラン生まれのギタリスト/作曲家。
彼の最初の芸術体験は絵画を描くところから始まった。80年代のイラン・イラク戦争中に幼少期を過ごし、12歳からピアノを弾いて音楽を始め、1年後にクラシックギターに転向。16歳のときにウェス・モンゴメリーのテープを入手すると彼の曲のコピーを始め、当時のイランにはジャズを教える教育機関や書籍、録音などのあらゆる種類のメディアへのアプローチがまったくない中で独学でジャズを学び始めた。この最初のステップは非常に困難だったが、90年代半ばにイランのメディアも発達しチャーリー・パーカー、バド・パウエル、クリフォード・ブラウン、ジョン・コルトレーンなどのジャズ・レジェンドの音楽にアクセスし分析や学びを深めていったという。
ジャズの学びを始める頃、彼はペルシャで受け継がれてきた音楽も習得しようと伝統楽器であるタールの演奏も始めている。この経験は現在の演奏スタイルであるフレットレスギターでの微分音の表現に大きな影響を与えている。
2003年の夏にアルメニアのジャズ・ピアニスト、ヴァハグン・ヒラペティアン(Vahagn Hyrapetian)が初めてイランでワークショップを開催。参加したマハン・ミララブはヴァハグンからデュオ・コンサートの誘いを受けるなど、ジャズ・ミュージシャンとして認められる存在となっていった。直後にギタートリオを結成するなど、イラン国内で主にサイドマンとして活発に活動した。
2008年にテヘラン芸術建築大学で建築の勉強を終えると、ウィーンへの移住を決意。新天地ではヴォルフィ・ライナー(Wolfi Rainer, ds)とロベルト・ユキッチ(Robert Jukič, b)とともにジャズとペルシャの伝統音楽を融合させた最初のアルバムを録音した。
楽器はフレットレスとフレッテッドのダブルネックのギターを使用。
ナイロン弦のクラシックギタータイプのダブルネックと、エレクトリックのダブルネックギターをよく利用している。
Mahan Mirarab – guitar, fretless guitar
Golnar Shahyar – voice
Mona Matbou Riahi – clarinet
David Six – piano
Florian Willeitner – violin
Martin Berauer – bass
Amir Wahba – percussion