ガブリエル・グロッシ&アリスマール・ド・エスピリト・サント
ハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシ(Gabriel Grossi)と、マルチ奏者アリスマール・ド・エスピリト・サント(Arismar do Espírito Santo)による自由な演奏が最高に楽しいデュオアルバム『Domingou』。タイトルが示唆するとおり、ブラジル北東部音楽の雄ドミンギーニョス(Dominguinhos, 1941 – 2013)の曲を中心にオリジナルなども交えて全15曲を収録している。
とにかく、クリエイティヴなアイディアが無限に湧き、どこまでも広がるような凄い演奏だ。技術的には二人ともめちゃくちゃ難しいことをやっているのに、難しさよりも楽しさをまず感じさせてくれる。クロマチック・ハーモニカを自在に操るガブリエル・グロッシはもう当サイトで何度も取り上げているように相変わらずの超絶技巧で、今作でも随所で信じられないテクニックと豊かな表現力を魅せてくれるが、私がさらに驚いたのはもう一人のアリスマール・ド・エスピリト・サントの演奏だ。正直、この人の演奏は初めて聴いたと思うのだが、もう大好きすぎる演奏家だった。テクニックだけならもっと上手い人はいるだろうが、なんだろう、この彼の体から、楽器を操る指先からとめどなく溢れ出る音楽のエネルギーの凄まじさ。ときにはスキャットを口ずさみつつ独創的な音を次から次に繰り出すおそるべきミュージシャン…。
アリスマール・ド・エスピリト・サントは今作ではフレットレスのエレクトリック・ベース、ナイロン弦ギター(ヴィオラォン)、ピアノを弾いている。そして面白すぎることに、これら種類の異なるどの楽器を弾いても、ちゃんと彼の独創性が溢れ出す演奏になっているのだ。アカデミックな音楽教育を否定するつもりは毛頭ないが、体系化された教育ではこんな音はなかなか作れないだろうと思う。楽器ありきではなく、アリスマール・ド・エスピリト・サントという類稀な演奏者の個性がどんな楽器でも彼独自の音になって表れている限りなく魅力的な演奏だ。
このアルバム、音楽や楽器、即興演奏を愛する人はぜひ聴いてみてほしい。ハーモニカとベース/ギター/ピアノのデュオという編成はポピュラーではないかもしれないが、聴けば分かる人には分かる。とにかく、笑っちゃうくらい凄いから。
Gabriel Grossi プロフィール
クロマチック・ハーモニカ奏者のガブリエル・グロッシはバンドリン奏者アミルトン・ヂ・オランダ・クインテットのメンバーとして知られており、2007年にブラジル音楽賞を受賞。ラテン・グラミー賞で3回連続でファイナリストになった経歴を持つ。
2005年にアルバム『Diz Que Fui por Aí』でデビューし、作編曲で高い評価を得た。以降アミルトン・ゴドイ、エルメート・パスコール、シコ・ブアルキ、イヴァン・リンス、レイラ・ピニェイロ、ジョアン・ドナート、パウロ・モウラといった数多くのブラジルを代表する音楽家たちと共演を重ね、ハーモニカの巨匠トゥーツ・シールマンスからも賛辞を受けるなど現代ジャズ・ハーモニカの第一人者として国際的な活躍を続けている。
Arismar do Espírito Santo プロフィール
アリスマール・ド・エスピリト・サントは1956年生まれのマルチ奏者/作曲家。ベース、ギター、ピアノ、ドラムスを主に演奏するほか、個性的な作曲家としても知られている。
母親が歌手という家庭に育った彼は幼少期から楽器を演奏。11歳の頃にはギターを弾きこなし、16歳でドラムスを始め、17歳の頃にはサンパウロのナイトクラブのバンドにドラマーとして参加した。
1970年代にはエルメート・パスコアル、トニーニョ・オルタ、セザル・カマルゴ・マリアーノ、セバスチャン・タパジョスといったブラジルを代表するアーティストたちのステージやレコーディングに出演。アリスマール自身のデビュー作は1993年のLP『Arismar do Espírito Santo』で、2003年にレーベルを変えCD媒体で『Arismar do Espírito Santo: 10 anos』として再発されている。
ジャニ・ドゥボッキ(Jane Duboc)との双頭名義作『Uma Porção de Marias』(2007年)やトニーニョ・オルタ(Toninho Horta)との『Cape Horn』(2007年)など、2000年代以降に特に優れた作品を残している。
息子のチアゴ・エスピリト・サント(Thiago Espírito Santo)も著名なベーシスト。
Gabriel Grossi – harmonica, bass harmonica, voice
Arismar do Espírito Santo – bass, guitar, piano, voice