在イスラエルの超絶ショーロ・バンド、QuatRio デビューEP
イスラエルのショーロ・アンサンブル「Clube do Choro de Israel」や「Chorolê」といったグループで中心的な活動を行うフルート/アコーディオン奏者サリット・ラハヴ(Salit Lahav)、同じくイスラエル出身でバークリー音楽大学で学んだジャズ・ベーシストのヨライ・オーロン(Yorai Oron)、ブラジルに生まれ現在はイスラエルで活動するギタリストのマルセロ・ナミ(Marcelo Nami)、そして同じくブラジル生まれイスラエル在住の打楽器奏者ジョカ・ペルピナン(Joca Perpignan)の4人が組んだ在イスラエルのブラジル音楽集団、クアットリオ(QuatRio)のデビューEP『QuatRio』。
たった4曲のミニアルバムながら、中東音楽や現代ジャズのエッセンスを注入したオリジナリティ溢れる音楽性が面白い充実した作品だ。
EPの4曲は、メンバーそれぞれが1曲ずつ自身の曲を提供するという構成になっている。
マルセロ・ナミ作曲の(1)「Dancing on the Moon」(ポルトガル語では「Dancando na Lua」)は三連符のリズムが特徴的な、楽天的だがときに消沈の表情も見せる可愛らしい楽曲。常にポジティヴでいようとすることは、たぶん正しい。このカルテットは誰もが主役で、常に呼応し絡み合いながらアンサンブルが進行する。
イスラエル音楽、ブラジル音楽、ニューヨークジャズの掛け合わせ
(2)「Eastern Forro」はサリット・ラハヴと、彼女が組んでいた男女デュオ「The Flower Shop」の相方であるウリ・クレインマン(Uri Kleinman)との共作曲で、デュオのアルバム『The Flower Shop』で初演された曲だ。サリット・ラハヴはここではアコーディオンを弾いており、軽快なフォホーのリズムに中東音楽の旋律を乗せる。フォホーの基本編成であるトライアングル、アコーディオン、そしてザブンバ…の代わりにここではカホンが使われているようだが、そのオーソドックスな編成でもあまりに個性的なメロディーが乗ることで「これはフォホーと呼んで良いのか…?」という疑問を抱かせる。
そもそも音楽のジャンルの定義はメロディーか、コード進行か、リズムの特徴か、楽器編成の特徴か、あるいは他の何かによるものか。そしてその中のどの要素がどれだけ欠けたときに、“この曲は○○(ジャンル名)ではない”となるのだろうか。
……音楽の定義なんて曖昧だ。世の中の流れがひとつ間違えば、音楽ジャンルの標準化を進めようなんて議論が沸き起こってジャンルに対する明確な条件が定義される未来がそのうち訪れてしまうのかもしれない。1981年にMIDIが制定されたように、音楽とは表面的には数値化が可能なものなのだ。もしそのような動きが始まったときには、芸術の危機という論調も生まれるだろうか──せめて、そうであってほしい。
(3)「Desert Wind」はベーシストのヨライ・オーロンの曲。5弦ベースをギターのようにメロディアスに演奏するこの曲は今作中でもっともテクニカルな側面が強調された楽曲といえる。音楽におけるそれぞれの場面で、時に特定の個人が大活躍し、時にチーム(バンド)のメンバー全員が協奏する様は社会そのものだ。
(4)「Tropecando」は今作中もっともブラジル音楽の純度が高そうだ(定義はさておき)。
作曲は“歌うパーカッショニスト”ジョカ・ペルピナン。彼自身はパンデイロとヴォイスで強烈なグルーヴ=ブラジルの風を送る。フルートもギターもベースも、その即興演奏は明らかブラジル伝統の即興音楽であるショーロに、ジャズの感性を掛け合わせた圧倒的にハイレベルな技巧を披露。
この濃密な作品は、“イスラエルにおけるブラジル音楽文化の新解釈”という表現がしっくりくる。
多文化ながら妙な純度の高さと感じる不思議は、そんな未来を望むか否かに拘らず、いずれ音楽ジャンルにおける構成要素がきちんと定義されることで説明されるだろう。
Salit Lahav – flute, accordion
Yorai Oron – electric bass
Marcelo Nami – guitar
Joca Perpignan – percussion, voice