南米先住民の誇りと伝統を歌う。ボリビアの伝説的歌手ルスミラ・カルピオ新譜『Inti Watana』

Luzmila Carpio - Inti Watana

ボリビアの歌手ルスミラ・カルピオ新作

ケチュア族の伝統を伝えるために国際的な活動を続けてきたボリビアの歌手/作曲家、ルスミラ・カルピオ(Luzmila Carpio)の2023年9月リリースの新譜『Inti Watana (El Retorno del Sol)』。タイトルのインティ・ワタナとはインカ帝国の公用語であったケチュア語で「太陽をつなぎとめる場所」という意味で、マチュピチュ遺跡の最も高い場所に置かれている花崗岩の彫刻で広く知られている。

今作ではルスミラ・カルピラによる伝統音楽に基づく素朴な旋律の歌唱に対し、ミュージック・コンクレートを得意とするアルゼンチンのプロデューサー、レオナルド・マルティネッリ(Leonardo Martinelli)によるサウンド・プロダクションは非常に洗練されたものになっている。歌の主題は数千年におよぶ自然との対話、自然への畏敬の念、人々の間で受け継がれてきた信仰や儀式、それらを通じて得る神秘的な感覚などで、繊細かつ時にさりげなく大胆な演出は今作の魅力を増幅している。

(5)「Inti Watana (El Retorno del Sol)」

南米先住民を歌で導くカリスマ

ルスミラ・カルピオ(Luzmila Carpio)は1949年にボリビア・オルロ県で生まれた。
幼い頃は先住民族ケチュア族とアイマラ族の伝統的な歌を学んだ。11歳のとき、彼女は毎週日曜日に子供たちにマイクを取る機会を与えるラジオ番組で歌うためにオルロへ出向いたが、番組側が求める価値観に彼女の歌はマッチしなかった。「スペイン語で歌えるようになったらまた来てね」と言われ傷つき、その日は泣きながらスタジオを後にしたが、彼女の音楽への情熱は次の日曜日にまたスタジオへとその足を向かわせたという。

10代前半でオルロに移住し、数年間はスペイン語で歌っていたルスミラだが、ケチュア族の伝統への深い愛情から15歳の頃にはスペイン語とケチュア語の両方で歌うロス・プロビンシアーノス(Los Provincianos)というプロのグループに加わった。当時のボリビアの音楽は既に先住民族の子孫でありながら都会に出てスペイン語を話す膨大な人々の需要に応えるように設計されていたが、彼女は敢えてその傾向に抗い、アンデスの文化や音楽を深く探求し始める方向性に向かうようになっていった。それは増え続ける聴衆を喜ばせることを目的とはしておらず、むしろ先住民の文化に対する西洋文化の優位性に対抗するための彼女なりの音楽表現だった。それから彼女は25枚以上のアルバムを録音・発表し、かのローリングストーン誌から“南米でもっとも多作なアーティスト”との評価を得たのだ。

2006年から2010年まで、駐フランスのボリビア大使を務め、欧州でも彼女の音楽は広く知られると同時に高い評価を得ていった。伝統的なアンデスの文化を広めるためには西洋文化に染まった外国でも受け入れてもらうことが重要だと、所謂現代的で西洋的なサウンドも積極的に取り入れていった。彼女の音楽は時代にあわせて変化してきたが、精神的、政治的なレベルで核となる価値観は変わっていない。ルスミラ・カルピオの声は長年にわたり母国だけではなくラテンアメリカ全土の先住民コミュニティの灯台となり、文化や固有の美しさが見過ごされがちな少数民族の人々の間に喜びと誇りを呼び起こし続けている。

Luzmila Carpio - Inti Watana
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