ガナーヴィヤ、自己を解放する新作
インド出身の歌手ガナーヴィヤ(Ganavya)の新譜『like the sky I’ve been too quiet』という作品を聴き、音楽の意味や価値についてあらためて気付かされるリスナーは多いだろう。
極めて個性的なアーティストであるガナーヴィヤは、この特別なアルバムで南インドの伝統的な価値観やそこから生じた音楽をスピリチュアル・ジャズやエレクトロニック・ミュージックに手繰り寄せ、アンビエントなテクスチャーで繋ぎ合わせた。
アルバムは終始、哲学としての音楽に対するガナーヴィヤの意識の解像度の高さを感じさせる。彼女はカルナティックの高名な音楽家を祖母にもち、幼少時からその技法を叩き込まれ、自身は物質的・精神的ディアスポラとしてニューヨーク、フロリダ、南インドを転々としてきた。“ユニーク”という言葉を謙遜し忌避する彼女だが、若い時期の多くをインド南部の巡礼路に費やし、ハリカタ(harikathā)という物語芸術の形式を学び、階層的な社会構造を批判する詩を歌ってきた経験はやはり何者にも代え難い。
彼女はデビュー作『Aikyam: Onnu』(2018年)について、それは不快なプロセスであり「とても難しく、自分の声に生々しく疎遠になったように感じました」と告白している。
それを知ると、今作のタイトル“空のように、私は静かすぎた”の意味が途端に明瞭になる。
彼女が「アルバム名は、私がこれまで静かに過ごしてきたこと、そして今はもう静かではないことを認めることに由来しています。私は前進しており、物事は急速に進んでいます」と語る通り、この作品のタイトルはガナーヴィヤが本当に音楽に戻る準備ができたことを力強く示しているのだ。
アルバムに収められたタイトルを眺めるだけでも、そこにはガナーヴィヤの多くのインスピレーションが渦巻いていることが手に取るようにわかる。これほど静謐で、なおかつ刺激的な作品は他になかなかない。
アルバムはシャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)のレーベル、Native Rebel Recordingsからリリースされている。
Ganavya 略歴
ガナーヴィヤ(Ganavya Doraiswamy)は南インドのタミル・ナードゥ州生まれ。彼女の祖母であるシーサ・ドライスワミー(Seetha Doraiswamy, 1926 – 2013)はカルナティックの有名なマルチ楽器奏者で、とりわけ水で満たされた茶碗のようなものを叩くジャルタラン(jal tarang)の巨匠として知られ、この忘れかけられた楽器の復興と継承に多大な貢献をした人物である。
ガナーヴィヤは子供の頃に巡礼などを通して学んだ古代インドの精神性や歌唱法と、現代音楽やジャズの融合というニッチな分野を切り拓いてきた。演劇と心理学の学位を取得し、現代パフォーマンスと民族音楽学の学位も取得している。バークリー音楽大学では大学院の特別研究員として「インド音楽のサウンド」というタイトルのコースをつくり、そのためのテキストも執筆。ハーバード大学の博士課程でも学ぶなど、特別な才能で幅広く活躍している。
キューバのピアニスト、アルフレッド・ロドリゲス(Alfredo Rodríguez)の傑作アルバム『Tocororo』(2012年)にゲスト参加しタイトル曲を歌ったことでその名が広く知られるようになり、2018年には初のソロ作『Aikyam: Onnu』をリリース。ニューヨーク・タイムズ誌やダウンビート、オール・アバウト・ジャズなど米国でも高く評価された。
現在の米国のジャズシーンを代表する女性歌手/ベース奏者エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)が様々な分野の専門家と協力し“究極のヒーリング・アルバム”として制作し、第64回グラミー賞で最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞を受賞した2021年作『Songwrights Apothecary Lab』では南インド音楽の専門家としてリード・リサーチャー/ヴォーカリストとして参加。
さらに2023年にはブラジル出身のベーシスト/作曲家ムニール・オッスン(Munir Hossn)とのデュオアルバム『Sister, Idea』を発表するなど、多様性を増す音楽界で確固たる独自性を築いてきた。
ガナーヴィヤはこうした実績から、米国内外で関心が高まるインド音楽の第一人者として深い信頼を積み重ねている。