ビッグバンドを率いる女性ギタリスト、モニカ・ロッシャー新作
ドイツの作編曲家/シンガー/ギタリストのモニカ・ロッシャー(Monika Roscher)率いるビッグバンド、Monika Roscher Bigbandの3rdアルバム『Witchy Activities and the Maple Death』が壮絶に凄い。2023年にリリースされたアルバムだが、こんな凄いものを聴き逃してしまっていた…。言葉で説明するのは難しい。とにかく聴き、体験してみるべき作品だ。
20名ほどのビッグバンド編成だが、彼女らが演奏する音楽は典型的なジャズ・ビッグバンドのそれとは大きく異なる。高度なジャズの即興演奏のソロもあるものの、むしろ音楽性も精神性もロックやメタルのそれに近しいがその枠にはまるものではなく、文字通りプログレッシヴ(斬新的)だ。楽曲の展開はまるで映画のストーリーのように重厚で波乱に富み、アルバム一枚を通して壮大な世界観を作り上げている。
アルバムの冒頭を飾る9分間の(1)「8 Prinzessinnen」は2024年4月にドイツ・ジャズ・アワードの「年間最優秀作品賞」にも選出されたという。どこかビョーク(Bjork)を彷彿させる、ある種の幼さと強固な意志が同居したようなモニカ・ロッシャー自身のヴォーカルも良い。楽曲の展開は挑戦的で複雑だが退屈さとは無縁で、リスナーの好奇心や冒険心を大いに刺激する。この1曲ですぐにこの作品を傑作と確信したが、その後に次々と繰り出される神懸かり的な曲たちの前では、これも前奏曲に過ぎない。
暴力的なチェロに導かれ、凶暴なドラムスなど様々な楽器が雪崩れ込んでくる(2)「Firebird」は、開始1分半後からのモニカ・ロッシャーのヴォーカル部分で劇的に雰囲気を変化させる。
(3)〜(8)の5曲は「Witches Brew」と題された組曲となっている。言わずもがな、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926 – 1991)の1970年の名盤『Bitches Brew』へのオマージュだ。魔女(Witches)をテーマにした物語は妙に妖しく魅力的で、演奏の中にはBitches Brewを想起させるような部分もあり、バリトンサックスやトランペットなどによるソロにも強い魔力が宿る。
モニカの実兄でもあるフェルディナンド・ロッシャー(Ferdinand Roscher)によるベースソロが印象的な(9)「Creatures of Dawn」も素晴らしい。モニカのヴォーカルは幾層にも重なり、闇夜から浮かび上がるような金管のソロはまさにタイトルの世界観を体現する。
3連の強い推進力を持つ(10)「Queen of Spades」、大編成の利点を最大限に活かしそれぞれの楽器の個性が楽曲を引き立てる(12)「A Taste of the Apocalypse」など、アルバムの後半も演奏の妙技が光る。豪快なようでいて、相当に緻密に練られたアレンジがとにかく素晴らしく、驚きの連続だ。
ロックとジャズ・ビッグバンドの融合というアイディアは決して斬新ではなく、得てしてロックともジャズとも言い難い中途半端なものに収斂しがちなものだが、この作品はロックとジャズのどちらの面から眺めても間違いなく最高に輝かしい一枚だろう。非常に音楽の視座が高いうえに、針のような鋭さで特定のスポットにフォーカスしている。
これはきっと、マイルス・デイヴィスも気に入るに違いない!
Monika Roscher 略歴
モニカ・ロッシャーは1984年ドイツ・ランゲンツェン生まれ。ミュンヘン音楽大学でジャズギターと作曲を学んだ彼女は博士論文の一環として2012年にモニカ・ロッシャー・ビッグバンドを結成。自身で作曲や編曲をし、大編成のバンドを統率しつつギターとヴォーカルを担当。同年に『Failure in Wonderland』でアルバムデビューを果たし、ロックやジャズ、エレクトロなどの多彩な音楽性や映画のようなドラマツルギーで注目を集め、ダウンビートの批評家投票で「ライジングスター」の賞を得た。
2016年に2ndアルバム『Of Monsters and Birds』をリリース。今作『Witchy Activities and the Maple Death』は2023年に3枚目のアルバムとしてリリースされた。
Monika Roscher – guitar, vocals
Felix Blum – trumpet
Angela Avetisyan – trumpet
Vincent Eberle – trumpet
John-Dennis Renken – trumpet
Felix Ecke – trumpet
Alistair Duncan – trombone
Christoph Müller – trombone
Christine Müller – trombone
Jakob Grimm – trombone
Lukas Bamesreiter – trombone
Julian Schunter – alto trombone
Steffen Dix – alto saxophone, soprano saxophone
Jan Kiesewetter – alto saxophone, soprano saxophone
Jasmin Gundermann – tenor saxophone, flute, didgeridoo
Michael Schreiber – tenor saxophone, flute, didgeridoo
Sebastian Nagler – baritone saxophone, bass clarinet
Heiko Liszta – baritone saxophone, bass clarinet
Hannes Dieterle – electronics
Tahpir – electronics
Alex Vičar – electronics
Tom Friedrich – drums
Ferdinand Roscher – bass
Josef Reßle – piano