複雑すぎる時代に生き、感情の全てを発露する驚くべきテナーサックス。先駆者オデッド・ツール新譜

Oded Tzur - My Prophet

オデッド・ツール新譜『My Prophet』

“21世紀のコルトレーン・カルテット”を率いる求道者にとって、この1年間はどのような心境の変化を与えたのだろうか。(2)「Child You」も(3)「Through A Land Unsown」も、曲が佳境に入り感情が昂るにつれ、彼のサックスとしてはこれまであまり聴いたことのない急激で激しい音色の変化を見せる。ガーディアン紙はかつて彼の音色を“サックスのささやき”と表現したが、今作でのサックスの表現はより機微に富み、抑制と発散を絶え間なく行き来し、時折激しい怒りとも深い悲しみともつかない叫びをあげる。

イスラエル出身のテナーサックス奏者/作曲家オデッド・ツール(Oded Tzur)は、ECMレコードからの3枚目の作品 『My Prophet』を2023年11月にフランスで録音した。この時期に、彼はどのような心境でレコーディングに臨んだのだろうか──
その生々しい答えが、このアルバムなのだ。

(4)「Renata」の録音映像。2分過ぎからピアノのニタイ・ハーシュコヴィッツは一時的に演奏から抜け、3人の演奏に聴き入る。3分前でピアノが復帰してからの驚くべき演奏の化学反応は必見だ。

ENJA/Yellowbird からリリースされた『Like A Great River』(2015年)と『Translator’s Note』(2017年)、そしてECMからリリースされたアルバム、『Here Be Dragons』(2020)、『Isabela』(2022)と、彼のこれまでのアルバムはすべてカルテット編成だった。今作も同様にカルテットだが、ECMの直近2枚のドラマーであったジョナサン・ブレイク(Johnathan Blake)が交代し、今作ではブラジル出身のシラノ・アルメイダ(Cyrano Almeida)1になっている。ピアノとベースは引き続きニタイ・ハーシュコヴィッツ(Nitai Hershkovits)、ペトロス・クランパニス(Petros Klampanis)だ。

“私の預言者”──
アルバムには意味深なタイトルがつけられているが、ここで擬人化された音楽の女神とはオデッド・ツールの妻なのだという。彼女は常に彼のインスピレーションの源だった。彼の代名詞である瞑想的な演奏も、今作で見せる今にも爆発しそうな感情の発露も、すべて彼の内面から湧き起こる深い精神性の具現だ。

オデッド・ツールの最もたる特徴である静謐で温かいサックスの音色は、インドの伝統音楽であるラーガへの長い年月をかけた彼の探究心が生み出したものだ。インド古典音楽の非常に重要な要素である異なる音程を滑らかに繋ぐ技法をサクソフォンで再現しようと研究する過程で、彼は非常にソフトな音色でこの木管楽器を吹くことで二音間の音程のスライドをさせることが可能ということに気づいたという。これが彼の表現力を拡張し、独自のスタイルを築き上げることとなった。その上で彼は伝統的なラーガのように基音を固定せず、ジャズの影響を受けた自身の作曲の中にラーガの精神性を取り入れてきた。

今作は、そんな求道者的な稀代のアーティストの技術と、彼自身も例外でない、現代社会に生きる人間が抱えるあまりに複雑な悩みが葛に折り重なった驚異的なアルバムだ。

(2)「Child You」

Oded Tzur 略歴

オデッド・ツールは1984年イスラエル・テルアビブ生まれ。名門テルマ・イェリン芸術高等学校とエルサレム・アカデミーでジャズとクラシック音楽を学んだ。

17歳のある日、彼は小川の土手を歩いているとき、サックスのリードを作る植物(=葦)に出会った。その瞬間、彼は自分がこれまでに吹いたすべての音、そしてデクスター・ゴードン(Dexter Gordon, 1923 – 1990)を含む自分のヒーローたちの全ての音を生み出した植物と対面していることに気づいた。彼は突然、かなり強烈に、デクスターのことが大好きだったにもかかわらず、デクスターの文脈ではなく自分自身の文脈に立つ必要があると感じたという。
これが彼にとっての大きな転換期だった。その頃の彼が望んでいたのは、デクスターのような音を出して、その伝統を前進させることだけだったからだ。

その後の数年間、オデッド・ツールはフラメンコやバルカン半島のブラスバンド、西洋のクラシック音楽など自身の音楽の新たなアイデンティティとなり得るかもしれないものに一時的に情熱を燃やしたが、それらはいずれも長続きするものではなかった。

オランダのロッテルダム世界音楽アカデミーに入学し、インド古典音楽の第一人者であるハリプラサード・チョウラシア(Hariprasad Chaurasia)に出会ったことが彼のライフワークを決定づけた。
ラーガの普遍的な芸術形態に魅了された彼は、チャウラシアのバンスリ演奏や他のインド楽器に触発されながら自身の楽器であるサックスでの微分音の表現方法を開発し、それをミドル・パス(Middle Path)と名付け、以来アムステルダム音楽院、コペンハーゲン音楽院、ジュリアード音楽院などで講師としてもこの技法を広めてきた。

ニューヨークでの活動を経て2015年に『Like A Great River』でデビュー。以降ずっとカルテットを率い、独自の哲学に基づいたジャズを演奏し続けている。

Oded Tzur – tenor saxophone
Nitai Hershkovits – piano
Petros Klampanis – double bass
Cyrano Almeida – drums

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  1. ミナスジェライス州ベロオリゾンチ出身のドラマー、シラノ・アルメイダについての情報はあまりなく、録音物も多くはない。当サイトで取り上げてきた作品の中では、ミナスのSSWアルトゥール・アラウージョ(Artur Araújo)のデビュー作への参加が唯一確認できた。
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Oded Tzur - My Prophet
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