セフィ・ジスリング新作『The Librarian』
ジャズからファンク、エレクトロニックまで幅広くジャンルを跨いで活躍するイスラエルを代表するトランペット奏者、セフィ・ジスリング(Sefi Zisling)の3枚目のアルバム『The Librarian』。全6曲は彼が敬愛する人々への頌歌として作られており、彼のインスピレーションの源である妻や友人、敬愛するピアニストのマル・ウォルドロン、さらにはイスラエル警察によって殺されてしまった無実のパレスチナ人への追悼といった明確なテーマによって支えられている。
印象的なカヴァーアートはアラブ系イスラエル人の芸術家、故ワリド・アブ・シャクラ(Walid Abu Shakra, 1946 – 2019)の絵画が採用されている。ワリドはイスラエルによるパレスチナの土地の収用にフォーカスし、モノクロのエッチングを通して故郷の消えゆく風景──監視塔が建てられ、斜面は住宅で覆われていった──を守ることをキャリアの中心に据えていた。セフィ・ジスリングはワリドの展覧会でその表現に感銘を受け、彼の家族と連絡をとり、この70年代に描かれた幾何学的な作品をカヴァーアートに採用させてもらったようだ。
アルバム表題曲である(1)「The Librarian」(司書)は、彼のコレクター的な気質を反映した象徴的なもの。セフィ・ジスリングは自らを音楽の”司書”であると表明しており、あらゆる音楽の記憶を頭の中でカタログ化して楽しんでいるのだという。曲はベニー・モウピン(Bennie Maupin, 1940 – )のアルバム『The Jewel in the Lotus』にインスパイアされている。
(2)「Layra」は最愛の妻であり音楽家のレイラ・モアレム(Layla Moallem)に捧げたもの。
(3)「Brothers」は今作中唯一のエレクトリック・ジャズで、キーボードに鬼才ノモック(Nomok)が参加し、さらにストリングスも加えアクセントとしている。
(4)「Song For Eyad」は2020年5月30日、パレスチナからイスラエルの特別支援学校に向かおうとしていて国境の検問でイスラエル警察によって射殺された東エルサレム出身の無実の自閉症のパレスチナ人男性、エヤド・アル・ハラク(Eyad al-Hallaq, 1988 – 2020)に捧げられている。この出来事はBLM運動の発端となったジョージ・フロイド(George Floyd, 1973 – 2020)の事件と同じ週に起こったこともあり国内外で大きな議論を呼んだ。2023年にこの警官は無罪の判決となったが、この事件は今もイスラエルとパレスチナの間に横たわる不平等の一例として象徴的な出来事となっている。曲はセフィとトロンボーンの盟友ヤイル・スルツキ(Yair Slutzki)による多重旋律や、ほぼワンコードのヴァースと劇的に変化するコーラスという構成が印象的だ。
(5)「Fortune Song (For Zack)」はセフィ・ジスリングが多大な指導を受けた友人ザッハ・バール(Zach Bar)へ捧げたもの。ザッハを“最高の音楽愛好家”だと敬愛するセフィによる親密でユーモラスなバラードとなっている。
ラストの(6)「All Alone」はジャズ・ジャイアントの一人であるピアニスト、マル・ウォルドロン(Mal Waldron, 1925 – 2002)の代表曲のカヴァー。ゆったりと、丁寧にアレンジされたハーモニーの美しさが胸を打つ演奏だ。
Sefi Zisling 略歴
セフィ・ジスリングは1982年イスラエル・テルアビブ生まれ。10歳のときから音楽の道を歩み始め、名門テルマ・イェリン国立芸術高校で学んだ。キャリア初期に「Funk’n’Stein」や「Liquid Saloon」などのグループで演奏したり、セッションミュージシャンとして活動。2017年にRaw Tapes Recordsから初のソロアルバム作『Beyond the Things I Know』をリリースし、一躍国際的にその名を知られることとなった。
Sefi Zisling – trumpet
Yair Slutzki – trombone
Noam Havkin – piano, keyboards
Tom Bollig – drums
Omri Shani – bass
Nomok – Rhodes, synthesizer
Idan Kupferberg – percussion
Avner Kelmer – violin
Yael Shapira – cello