奇想の音楽家ティグラン・ハマシアン、アルメニアの古代の物語にインスパイアされた壮大な新譜

Tigran Hamasyan - The Bird Of A Thousand Voices

ティグラン・ハマシアンが紡ぐ古代の物語『The Bird Of A Thousand Voices』

アルメニア出身のピアニスト/作曲家のティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)が、構想から5年の歳月をかけて新たなアルバム『The Bird Of A Thousand Voices』を完成させた。今作はアルメニアの古い物語である『Hazaran Blbul』1をテーマに、音楽に留まらないトランスメディア・プロジェクトとして発表されており、ティグラン・ハマシアンという稀代のアーティストのキャリアを代表するであろう壮大な作品となっている。

ジャズやプログレ、メタルといった音楽の要素を、故郷アルメニアの音楽文化と異常に高度な手法で組み合わせ、リスナーに驚きを与え続けてきた彼の作品としても今作はかなり異質な空気を纏っている。シンセサイザーが多用されているというサウンド面の特徴だけではなく、度々繰り返し用いられる印象的な一連のモチーフは本作が一種のサウンドトラックであることを思い出させるのだ。

象徴的なトラックは(1)「The Kingdom」で、この曲は前述のトランス・メディアの一環としてオランダ出身の映画監督/プロデューサーのルーベン・ファン・リアー(Ruben Van Leer)が監督しアルメニアの開発チームが制作したブラウザゲームのBGMとして用いられている。千の歌を歌う鳥を探すために旅立つ、どこか悲壮感の漂う英雄アレグ(Areg)をワンクリック/ワンタップで操作しハイスコアを目指すスクロール・アクションは万人が楽しめる内容で、ジャズ・アーティストのプロモーション事例としてもとても革新的だ。

▼ブラウザゲーム『The Bird Of A Thousand Voices』はこちらでプレイ可能
https://bird1000.com

(1)「The Kingdom」

アルバムの楽曲はアルメニアの伝統音楽に由来する特徴的なメロディー、変拍子やポリリズムなど複雑なリズム、教会音楽的な重厚なコーラスをフィーチュアしているという点でこれまでのティグラン・ハマシアンの作品の流れを継承している。従来作品と比べるとアナログシンセの比重が増しており、これはサウンド全体をよりヘヴィーにすることに寄与している。

いずれにせよ、今作はティグラン・ハマシアンという音楽家の無限の探究心を証明するものであり、社会の中でのあらゆる体験を音楽のインスピレーションの源とし、常に新しい作品を創造しようとする驚異的な才能の真骨頂とも言えるものだ。音楽的に優れているだけでなく、彼が紡ぐ物語は人々の感情に直接的に訴えかける力を持っている。

(11)「Red, White And Black Worlds」

“体験”する音楽

このプロジェクトは2019年の終わり頃にティグラン・ハマシアンが読んだアルメニアの中世の音楽について書かれた分厚い書物の中で『Hazaran Blbul』に関する記述を見つけ、興味を抱いたことが始まりだった。神話の鳥の歌が魂の目覚めを促すという物語から大きなインスピレーションを得た彼はすぐに曲を書き始めたという。当時自身の制作の中に取り入れ始めていたアナログシンセも活用し素材を溜めていき、ある時点でドラマー/ベーシストのネイト・ウッド(Nate Wood)に連絡をとり、2020年3月にカリフォルニアにあるネイト・ウッドの父親のレコーディング・スタジオで5日間でレコーディングを完了。その3日目で新型コロナによるロックダウンが宣言され、その後はティグランが彼の自宅でポスト・プロダクションを行ったり、他のミュージシャンとオンラインで音源のやり取りを行って仕上げていった。

アルバムには24曲が収録されており、合計で1時間半を超える。その内容は『Hazaran Blbul』(The Bird Of A Thousand Voices)のストーリーに沿ったものとなっており、肥沃かつ映画的だ。その壮大な物語の全文は彼のウェブサイトで読むことができるので、その世界観に浸りながら聴くのも良いだろう。

ティグラン・ハマシアンはアルメニアの民話を引用しつつ、普遍的な物語を伝えようとしている。あらゆる人々の生活には、その人がどのような文化で育ちどのような宗教を信じているかに拘らず、常に困難がつきまとう。世界中の多くの偉大な物語がそうであるように、彼が伝えようとするアルメニアの神話も、無償の愛によって人々を救う英雄の活躍という物語を通してより比喩的な方法で精神的な旅について語っており、その力強い物語は何世紀もの間、人々が困難な時期を乗り越えることを助けてきたのだ。

『The Bird Of A Thousand Voices』の制作のショート・ドキュメンタリー。

Tigran Hamasyan – piano, synths, effect pedals, vocals, drum programming, editing and post production
Areni Agbabian – vocals
Sofia Jernberg – vocals
Vahram Sarkissian – vocals
Layth Sidiq – violin
Marc Karapetian – electric bass
Nate Wood – drums, electric bass

  1. Hazaran Blbul…神話上の鳥にまつわる物語。その鳥はアルメニア語のWikipediaによると、自然の目覚めの奇跡的な力、美、正義、調和の象徴として表現されており、その歌は呪われた動植物を復活させるという。物語は本作の特別サイトで全文が紹介されている。 ↩︎

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