UKジャズ新世代アシュリー・ヘンリー、現代社会と個人の関係について考えを巡らせる新作『Who We Are』

Ashley Henry - Who We Are

アシュリー・ヘンリー、5年越しの待望の新作

一躍ロンドンのジャズ・シーンの中心に降り立った2019年のデビュー作『Beautiful Vinyl Hunter』から早5年。ピアニスト/作曲家アシュリー・ヘンリー(Ashley Henry)が待望の新作『Who We Are』をリリースした。幼い頃からレコードに囲まれ、自然と音楽の女神に導かれた時代の寵児による、現在進行形のUKジャズを象徴するような素晴らしい作品だ。

アルバムはジャズを軸としながら、ソウル、ヒップホップなど様々な音楽の要素が自然と取り入れられている。多くの曲でアシュリー・ヘンリー自身のヴォーカルが聴かれ、さらに数名の訴求力のあるゲストも参加している。

(1)「Love Is Like A Movie」ではUKネオソウルの新鋭SSW、ジュディ・ジャクソン(Judi Jackson)をフィーチュア。淡々と、だが内面に炎を秘めたアシュリーのピアノに乗せてジュディが伸びやかなヴォーカルを聴かせる。

ジュディ・ジャクソンをフィーチュアした(1)「Love Is Like A Movie」

(2)「Take It Higher」ではシミー・シン(Simmy Singh)によるストリングスやジェイムズ・コパス(James Copus)によるトランペットがサウンドを絢爛なものにしている。

(2)「Take It Higher」

アシュリーは今作について、次のように語っている
「『Who We Are』は、消費主義のレンズを通して他人を見るのではなく、集合意識のマントラです。お互いの夢を自分の夢と同じくらい大切にし、お互いにインスピレーション、安らぎ、糧を求め、未来への新しい道を切り開いていくのです」

アルバムの表題曲である(3)「Who We Are」は、人々が無意識のうちに属性(人種や性別、出身地といった情報)のうちで相手を判断しようとする、あるいは自分自身がそうした型の中にはまろうとする人間社会と対比して、自分が愛する人と一緒にいるときはそうした型にはまる必要がない、もっとそういった時間が必要だという彼の哲学を歌っている。

(3)「Who We Are」

(5)「Mississippi Goddam」はニーナ・シモン(Nina Simon)が作った曲のカヴァーだ。アメリカ南部での人種差別と暴力への抗議歌であり、公民権運動の文化面での象徴とされる1960年代のこの曲を、それから半世紀以上が経った今も歌わなければならない理由があるのだろう。アシュリー・ヘンリーの歌唱はニーナ・シモンのそれに比べて怒りは抑制されているが、曲の意味を噛み締めるように歌う姿には心を動かされる。

(6)「Fly Away」では米国の詩人アジャ・モネ(aja monet)がポエトリー・リーディングでフィーチュアされている。これはアジャ・モネのデビュー作『when the poems do what they do』を聴いて感銘を受けたアシュリーが、彼女のチームに連絡をとって実現したものとのこと。2023年にアジャ・モネがパレスチナ支援コンサートのためにロンドンに来た際にレコーディングを行なっている。

ブラジル音楽のグルーヴを持ち、ビンカー・ゴールディング(Binker Golding)をフィーチュアした(11)「Oh La」、盟友シオ・クローカー(Theo Croker)がトランペットを吹く(14)「Autumn」など、アルバムの終盤も熱気を失わない。合計60分近く、ただただ純粋に音楽を探求する稀有な音楽家による創造的な感性が溢れ出る。

Ashley Henry 略歴

アシュリー・ヘンリーは1991年にイギリス・ロンドン南東部のジプシーヒルで生まれ育った。彼が育った公営住宅の周辺にはアフリカ系カリブ人のコミュニティがあり、彼も両親に連れられて毎週のようにパーティーに出かけ、その初期体験が音楽を通じた社会の結びつきを彼の中に根付かせた。叔父はセッション・ミュージシャンで、アシッド・ジャズが流行した頃には多くのアーティストと演奏しており、アシュリーはTVでも彼を見ていた。自宅では姉の一人がジャングル、ドラムンベース、UKガレージを演奏し、もう一人の姉はヒップホップ、R&B、ソウルを演奏していた。また、階下では両親がスティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、プリンスを演奏しており、アシュリーはそれらの部屋を行き来し全てを吸収した。

彼はまた、10代の前半ではショパン、ラフマニノフ、ドビュッシーといった後期ロマン派の作品に夢中になったという。

こうした環境が、現代ジャズにおける稀有な才能を育てたことは間違いない。アシュリーは多くの優れた音楽家を輩出する高等教育機関や、あるいはトゥモローズ・ウォリアーズ1といったNPOに所属することなく、独自に現在の地位を築いた。

Ashley Henry – piano, keyboards, vocals
Alec Hewes – bass (1, 2, 3, 4, 5, 9, 12)
Myele Manzanza – drums (1, 2, 3, 10, 12, 13) percussion (7)
Jackson – vocal (1)
James Massiah – flute (2, 3, 12)
Richie Sweet – percussion (2, 11)
Dane Zone – keyboards (2, 4, 8, 9, 12)
Simmy Singh – strings (2)
James Copus – trumpet (2, 10, 12)
Peter Hill – drums (4, 6, 8, 9, 11, 14)
David Mrakpor – bass (6, 8, 11, 14), vibraphone (10)
Aja Monet – vocal (6)
Mak – vocal (8)
Karl Abel – bass (10)
Robin Porter – saxophone (10)
Binker Golding – saxophone (11, 14)
Vasundhara Mathur – vocal (11)
Flo Moore – bass (13)
Theo Croker – trumpet (14)

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  1. トゥモローズ・ウォリアーズ(Tomorrow’s Warriors)…1991年にジャニーン・アイアンズとゲイリー・クロスビーによって共同設立された音楽教育のNPO。ジャズを通じて芸術全般にわたる多様性、包摂性、平等を推進することを目的としており、特にアフリカ系やカリブ系の黒人ミュージシャン、女性ミュージシャン、経済的またはその他の事情で音楽業界でのキャリアを追求する機会を奪われている人々に無償で機会を与えている。シャバカ・ハッチングス、モーゼス・ボイド、テオン・クロス、ヤズ・アハメド、ジョー・アーモン・ジョーンズ、ヌバイア・ガルシア、シーラ・モーリスグレイらを輩出し、現在進行形でイギリスのジャズに多大な影響をもたらしている。 ↩︎
Ashley Henry - Who We Are
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