ベーシスト/作曲家ロス・マクヘンリー、内省的な5thアルバム
オーストラリア出身のベーシスト/作曲家ロス・マクヘンリー(Ross McHenry)の5枚目のアルバム『Waves』(2024年)。2019年の夏のオーストラリアを襲った史上最悪の森林火災1をきっかけに制作された。バンドはドラムスのエリック・ハーランド(Eric Harland)やピアノのマシュー・シーンズ(Matthew Sheens)を中心に、テナーサックスのダニー・マッキャスリン(Donny McCaslin)、トランペットのアダム・オファーリル(Adam O’Farrill)、ギターのベン・モンダー(Ben Monder)とNYで活躍するスターが集結。前述の災害を含め、ロス・マクヘンリーの個人的な記憶に基づく出来事で覆われており、全体的に彼の優れたストーリーテラー/作曲家としての輝きを強調する素晴らしく調和した演奏で、“内省的”という看板を掲げるに相応しい作品となっている。
ピアノトリオ編成で演奏される(1)「Waves」から見事な構成力と即興演奏で、今作が特別なアルバムであることを誇り高く宣言する。ここではマクヘンリーと同郷オーストラリアの出身であるピアニストのマシュー・シーンズが際立っており、丁寧に音を紡ぐ思索的なピアノを堪能できる。
(2)「In Landscape」からはセクステット編成となる。燃えるオーストラリアの大地を表現するサックスとトランペットが物語の核心となり、鬼才ベン・モンダーはギターでディテールを支える。とにかくドラマティックな素晴らしい仕上がりだ。
より個人的な物語の(4)「July 1986」は、ロス・マクヘンリーの一卵性の双子の兄弟であるアンガス(Angus)へのトリビュート。今は父親として生きるロスは、生後9ヶ月で亡くなった兄弟に対して、いまだに混乱した感情を抱いていることがうかがえる。
ラストの(7)「1989」はその年に生まれたロス・マクヘンリーの弟マックス(Max)との思い出が描かれている。彼らが“秘密の道”と呼んでいた木々と蔓性の植物による小さなトンネルについて、ロスはこのように語っている:
兄弟や家族の思い出は、この薄れゆく場所の記憶や、他にもたくさんあるそういう場所の記憶に包まれてるんだ。でも、その記憶って本当にあったことなんだろうか?それとも、ある程度作られたものなんだろうか?大切なものを入れた箱。高いところに置いてあって、一度か二度見たことがある。あの箱、まだあるのかな?記憶って、今の自分の経験によってどれくらい色付けされてるんだろう?本当にあったことって、どれくらいあるんだろうか?
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Ross McHenry 略歴
ロス・マクヘンリーはオーストラリア連邦南オーストラリア州アデレード出身。幼い頃から音楽に親しみ、10代の頃からベースを演奏し始め、ジャズ、フュージョン、実験音楽など幅広いジャンルに興味を持ち、様々なバンドやプロジェクトに参加。2010年代からはソロアーティストとしても活動を開始し、自身のバンドを率いてアルバムをリリースし始めた。2013年のデビュー作『Distant Oceans』は“オーストラリアン・ジャズの未来”と讃えられ注目され、南オーストラリア音楽産業賞の最優秀ジャズ アルバム賞を受賞している。
Ross McHenry – electric bass
Eric Harland – drums
Donny McCaslin – tenor saxophone
Adam O’Farrill – trumpet
Ben Monder – guitar
Matthew Sheens – piano
- オーストラリア森林火災(2019–20 Australian bushfire season)…2019年9月より多発化し、2020年2月まで続いたオーストラリアの大規模森林火災。”黒い夏(Black Summer)”とも呼ばれる。異常に乾燥した気候、土壌水分の不足などから延焼を防ぐことはできず、最終的に2430万ヘクタール(日本の面積の約5倍)を焼き払い、火災により少なくとも34人の死者、そして試算によると30億匹の陸生脊椎動物の命を奪ったという。この森林火災による経済損失は1000億~2300億豪ドル(690億~1590億米ドル)に上る可能性があると推定され、オーストラリア史上もっとも損害の大きい自然災害となった。 ↩︎