ブラジルのSSWト・ブランヂリオーニ新譜
ブラジル・サンパウロ出身のSSWト・ブランヂリオーニ(Tó Brandileone)の待望の新譜『Reações Adversas / Ao Persistirem os Sintomas』がリリースされた。アルバムは11曲収録で、アヴァン・ロック寄りの前半『Reações Adversas』と、洗練された美しいメロディーがつづく後半『Ao Persistirem os Sintomas』の二部構成となっており(それぞれEPとして2025年1月に相次いで個別にリリースされている)、全体として豊かな彼の才能から溢れ出るさまざまな音楽的景色を楽しむことができる素晴らしい作品に仕上がっている。
Reações Adversas(副作用)
ジャズやアフロ・ブラジル音楽のニュアンスを含んだ退廃的なアヴァン・ロック・サウンドがブラジル社会を詩的に捉えた表現に驚くほどマッチする。(2)「Claro Credo」にはシコ・セーザル(Chico César)が参加し、社会の病的な側面を鋭く批判。
(3)「Esquece」、(4)「Superdose」はブラジリアン・ロックの巨匠レニーニ(Lenine)を彷彿させる。後者は抗不安薬「ベンゾジアゼピン」によるオーヴァードーズをテーマとしており、その作用を淡々と語っていくスタイルは聴いているこちらが不安になるほど。
危ない精神世界から一転して、つづく(5)「Chorume II」は能天気なサウンドに乗せて散漫で取り留めのない詩を歌う。
前半のラストには愛の終わりの予感を歌う(6)「O amor acaba」。歌詞も素晴らしい。
そして愛は映画館で手を解くことで終わる
「O amor acaba」より
満腹の触手のように
そして彼らは暗闇の中を孤独なタコのように動き回る
まるで愛が終わる前に手が知っていたかのように
この前半6曲だけでも、ト・ブランジリオーニという芸術家の天才的なストーリーテリングに夢中になってしまう。
Ao Persistirem os Sintomas(症状が続く場合)
アルバムの後半は、前半であれほど存在感を放っていたドラムスやパーカッションの一切を排し、ギターやピアノを中心とした伴奏と、丁寧な歌によって生まれ変わった世界を表現してゆく。
後半の最初に収められた(7)「Tanto Quando」はメロディーやコードの美しさの点で今作随一だろう。アルバム前半が徹底的な混乱の破滅の物語だとしたら、ここからは再生と救いの物語が始まる。スティール弦ギター、ピアノのシンプルな伴奏に絡むストリングスのアレンジは希望の光を纏い、とても美しい。
(8)「Salto」には女性ヴォーカル・デュオ、アナヴィトリア(Anavitória)をフィーチュアし、ト・ブランジリオーニを加えた3人でユニゾンを中心とした美しい旋律を歌う。伴奏は左右のガットギターとわずかなシンセのみで、繊細な感情を表す歌詞をひき立てている。
(9)「Insostenible Irreemplazable Rock and Roll」のメロディーの流れ、サウンドの処理も完璧だ。ここではアルゼンチン/ブラジル/ウルグアイの混成ユニット、ペロタ・チンゴー(Perotá Chingó)がゲスト参加しており、魔法のようなコーラスワークを披露する。
(11)「Geleira do Tempo」は、生きることに正しく執着した人間の心の物語だ。ト・ブランヂリオーニという詩人兼音楽家の、底知れぬ才能の欠片だ。
Tó Brandileone 略歴
ト・ブランヂリオーニは1986年ブラジル・サンパウロ生まれ。 幼少期から音楽に親しみ、2007年頃から本格的に音楽活動を開始している。彼のキャリアはソロ活動と並行して映画や演劇のオリジナルサウンドトラックの作曲、若手アーティストのプロデュース、他のアーティストの作品等への楽器演奏者としての参加など多岐にわたっている。
2008年に初のソロアルバム『Tó Brandileone』をリリースし、シンガーソングライターとしての第一歩を踏み出した。その後、2009年から2010年にかけては「Brasil Cantado」というソロツアーでヨーロッパを巡り、またサンパウロ出身の女性歌手ジアナ・ヴィスカルヂ(Giana Viscardi)のツアーにギタリストとして参加するなど、国際的な舞台でも活躍。
2011年には女性歌手タイス・ボニッジ(Thais Bonizzi)のデビューアルバムの音楽プロデュースとアレンジを手がけ、同年に男性SSW五人組のグループ、シンコ・ア・セコ(5 a Seco)の初のライブアルバム兼DVD『Ao Vivo no Auditório Ibirapuera』を録音。このプロジェクトは彼のキャリアにおいて重要な位置を占め、ブラジル国内外で広く認知されるきっかけとなった。2012年には、シンコ・ア・セコの一員であるSSWヴィニシウス・カルデローニ(Vinicius Calderoni)のアルバム『Para Abrir os Paladares』をプロデュースし、シンコ・ア・セコのツアーでブラジル全国60公演以上を行うなど、精力的な活動を続けた。
ト・ブランヂリオーニは2013年に2枚目のソロアルバム『Ontem Hoje Amanhã』をリリース。リオデジャネイロで開催されたレニーニ(Lenine)が主催する「Projeto Cantautores」でも演奏されるなどし、ブラジル国外でも注目を集めるようになった。
彼の音楽スタイルは、ブラジルの伝統的なMPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)に根ざしながらも、現代的な感性や洗練されたアレンジを取り入れた独自のサウンドが特徴的。歌詞は詩的で内省的であり、聴く者に深い感情を呼び起こす。