資本主義社会の病をセンス良く描き出す『Post Graduation Fees』
イスラエル出身、米国を拠点とするジャズ/プログレシーンで強い存在感を示すジャズロックバンド、カダワ(Kadawa)が2枚目のフルアルバム『Post Graduation Fees』をリリースした。今作はオーヴァーダビングを多用するなどトリオのコア・サウンドを拡張した野心的な作品で、尽きない音楽的探究心によって培われた技巧と芸術性、そして彼ら特有のウィットに富んだ表現力が炸裂する。合わせ鏡によって無限の深淵を覗かせるジャケットが象徴するように、独特の深みを持った傑作だ。
Kadawaはギタリストのタル・ヤハロム(Tal Yahalom)、ベーシストのアルモグ・シャルヴィット(Almog Sharvit)、そしてドラマーのベン・シラシ(Ben Silashi)による所謂ギタートリオ。2013年にイスラエルのテルアビブで結成され、2014年に音楽的な成長と新たな機会を求めてニューヨークに移住しブルックリンを拠点に活動を始めた。多数のジャズ・ミュージシャンを輩出するニュースクールで学び、地元の音楽文化にも影響を受けながら独自のサウンドを築き、2017年リリースのデビュー作『Kadawa』は『The New York Times』や『All About Jazz』などから高い評価を受けている。
ジャズのライヴ感が強めだった前作と比べ、今作はよりプログレッシヴ・ロックやアートロックの文脈が入り込んだ音作りとなっている。
楽曲のテーマもそれぞれユニークだ。テーマは現代の孤立的で過酷な資本主義社会における人々の生活の挑戦にを描いており、メンバーたちが米国のニュースクール卒業後に共に暮らし、リハーサルやツアーを重ねながら支え合った経験が反映されている。例えば(1)「We’ll Get Back to You」は雇用の不安定さをテーマにした曲で、とりわけ世界的なパンデミックにより記録的な失業率を叩き出した社会へのメッセージだ。彼らはYouTubeにアップしたこの曲の演奏動画に次のようなキャプションを添えている:
数え切れないほどの仕事に応募したものの、電話やメール、メッセージで「折り返しご連絡いたします…」という恐ろしい返答しか得られなかったすべての求職者にこの曲を捧げます。 Kadawaはあなたと共にあり、その間この曲で踊れる何かがあなたに与えられることを願っています…
YouTube
大胆で強烈なポリリズムの(2)「Don’t Mess with Frank」も面白い。複雑で空間的なテクスチャーのギター、左右の定位に重ねられたベースソロ、刺激的なドラミングなどはリスナーに強烈な音楽的体験をもたらす。曲名「フランクには構うな」の“フランク”が誰なのかは明言されておらず不明だが、この音楽性からして実験音楽の巨匠フランク・ザッパ(Frank Zappa, 1940 – 1993)を意識したものと見るのが妥当かもしれない。
(5)「Algae」は、ただ海の波に漂いたいという空想的な欲求を探求した曲で、コントラバスのアルコや、クリーン・トーンのギターは彼らのいっときの現実逃避として機能する。
それとは対照的なのが、つづく(6)「Studentist」だ。これは米国を支配する営利医療制度1のせいで健康を犠牲にせざるを得ない状況からインスピレーションを得ており、大胆かつ個性的なギターのサウンドとフレーズがシニカルに響き渡る。
古典的な対位法を用いながら、どこかミステリアスな雰囲気を纏った(7)「Sophianic Mess」も素晴らしい。タイトルのとおり、知的で洗練されていながらどこか混乱のある楽曲。
ラストのタイトル曲(9)「Post Graduation Fees」は彼らの想いの集大成だ。疾走するビート、高度に洗練されたハーモニー、エモーショナルな即興は次第に高まりを見せ、最後には驚くべき帰結を迎える。
Kadawa プロフィール
Kadawaはイスラエル音楽院で出会った3人による、2013年結成のバンド。翌年、3人全員が一緒にニューヨークに移り、ニュースクールで学びながら活動を始めた。
タル・ヤハロム(Tal Yahalom, g)
ギタリスト/作曲家のタル・ヤハロムはイスラエルで生まれ育ち、幼少期からクラシックギターを学び、その後ジャズやロックに傾倒。ハードバップ、印象派音楽、オルタナティヴ・ロックなど幅広い影響を受けている。演奏スタイルも幅広く、エレクトリック、アコースティック、ナイロン弦と多様なギターを操り、音色の探求に強いこだわりを持つ。Kadawaではテクスチャや空間を活かしたアプローチで、トリオのサウンドの中心的な役割を担う。ソロプロジェクトや他のアンサンブル(トリオやクインテット)でも活動し、ニューヨークを拠点に国際的なキャリアを展開中。
アルモグ・シャルヴィット(Almog Sharvit, b)
ベーシスト/作曲家のアルモグ・シャルヴィットは1992年生まれ。7歳からチェロを弾き、13歳でエレクトリック・ベースとアップライト・ベースを始めている。イスラエルでの兵役時代は空軍のバンドで演奏、その後テルアビブ音楽院とNYのニュースクール大学の提携プログラムに参加しジャズを学んだ。Kadawaでは重厚でリズミカルな低音を支えると同時に、メロディックなソロと、独創的な実験性でバンドの表現力を高めている。2021年のソロデビュー作『Get up or Cry』は彼のユーモア精神が溢れる傑作だ。
ベン・シラシ(Ben Silashi, ds)
ドラマー/作曲家のベン・シラシはイスラエルでドラムスを始め、多様なリズムパターンと即興演奏に精通。ジャズ、ロック、ワールドミュージックの要素を取り入れた独自のスタイルを確立した。Kadawaではパーカッションも用いた複雑なポリリズムやダイナミックなビートで知られ、トリオの推進力を担う。
オーネット・コールマン(Ornette Coleman)やトニー・ウィリアムス(Tony Williams)のようなジャズ史における革新的なミュージシャンに強い影響を受けている。
Tal Yahalom – electric guitar, acoustic guitar, nylon string guitar
Almog Sharvit – electric bass, double bass
Ben Silashi – drums, percussion
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