ミロ・フィッツパトリック率いるヴェガ・トレイルズの2nd
Portico Quartetのベース奏者/作曲家ミロ・フィッツパトリック(Milo Fitzpatrick)率いるヴェガ・トレイルズ(Vega Trails)が、絶賛された前作『Tremors in the Static』から3年ぶりとなる待望の2ndアルバム『Sierra Tracks』をリリースした。木管奏者ジョーダン・スマート(Jordan Smart)とのデュオ編成だった前作から楽器のパレットを大きく拡げ、ピアノやドラムス、室内楽オーケストラを加えた編成で幻想的で美しい音楽を繰り広げる傑作となっている。
作品の構想はミロ・フィッツパトリックが2022年にロンドンから移住したスペイン中部のグアダラマ山脈(Sierra de Guadarrama)近くの静かな田園地帯で練られた。この地域の広大な自然景観、特に夕暮れ時の紫がかったピンクの光や起伏に富んだ地形が彼の作曲に深いインスピレーションを与えたという。「山や森を歩き回る中で感じた壮大なスケールを音で表現したかった」と語るように、ミロは各曲を“聴覚的な物語”として構築していった。
アルバムの幕開けとなる(1)「Largo」で、ミロは学生時代以来ほとんど用いていなかったチェロを再び手にし、イントロ部分ではグアダラマ地域のナイフ研ぎ職人を模した音をチェロで奏でている。その後は楽器をベースに持ち替え低域で推進力のある素晴らしい演奏によってジョーダン・スマートのソプラノサックスを支える。バンドに新加入のドラマー、ダン・シー(Dan See)や、ポーランドのポスト・クラシカルの旗手ハニャ・ラニ(Hanai Rani)と連絡をとり結成した10人編成の弦楽アンサンブルの貢献も見逃せない。彼らが奏でるこの物語のオープニングは、一気にその世界観に引き込むアルバムのベスト・トラックのひとつ(2)「Els」への素晴らしい導入となる。
アルバムには“世界的なパンデミックからの精神的な回復”というテーマも内包されている。
ミロ・フィッツパトリックは、時間や歴史の繰り返し、個人的な悩みが頭の中を循環する様子、そして歩くことや走ることによる精神的な解放について考えた。このテーマは、アルバム全体に繰り返されるモチーフやメロディに反映されており、循環する思考や記憶を象徴している。
(8)「Old Friend; The Sea」で聴ける英国出身のヴィブラフォン奏者ハリエット・ライリー(Harriet Riley)の貢献も素晴らしい。ダンパーペダルによって深く余韻の残された夢想的な音色はノスタルジーを呼び起こす。
ラストの(10)「Sleepwalk Tokyo」はミロ・フィッツパトリックが東京に旅行したときのインスピレーションが元になっている。彼は前作では日本の駅でのアナウンスをサンプリングした「Train to Kyoto」という曲を収めていたが、「夢遊病 東京」と題した曲にどのような想いを込めたのだろうか。ぜひ、この作品を聴いて想像を巡らせてみてほしい。
Milo Fitzpatrick – bass, cello
Jordan Smart – saxophones, clarinet, flute
Taz Modi – piano
Harriet Riley – vivraphone
Dan See – drums, percussion