稀代のピアニスト、シャイ・マエストロ。複雑に入り組んだ色彩で描く、初のソロピアノ作品

Shai Maestro - Solo: Miniatures & Tales

シャイ・マエストロ、初のソロピアノ作

イスラエル出身、若干19歳でアヴィシャイ・コーエン・トリオに抜擢され世界的に知られるようになり、ECMでのリリースなどを経て現在はスペインを拠点に活動するピアニスト/作曲家のシャイ・マエストロ(Shai Maestro)が自身初のソロピアノ作『Solo: Miniatures & Tales』をリリースした。

それぞれのピアニストにはそれぞれの「音」があるが、シャイ・マエストロのそれは数あるジャズピアニストの中でも格別だ。イマジナリーの空間から音を拾い、リアルに紡ぎ出してきたようなその音色は常に子どものようにピュアで、煌びやかだが無駄な装飾はなく、同時に思慮深さを持ちあわせる。これまで彼のピアノはトリオやカルテットのようなフォーマットの中でしか聴くことが難しかったが、今作では他者の意思から解放され、自由な発想の赴くままに両手の指を滑らせていく。驚くべき集中力で、一切の迷いなく紡ぎ出される音符は、ときどき鬼気迫るものさえ感じさせる。

アルバムの収録曲はタイトルにあるように、主に作編曲を重視した小品群「Miniatures」と、即興を重視し創造的な空間にリスナーを誘い込む「Tales」に大別される。
アルバムの幕開け、1台のピアノからいくつもの”声”が沸き立つような、緻密でミニマルな(1)「3 Colors」。よく知られたジャズ・スタンダードを独創的・哲学的にアレンジした(2)「All The Things You Are」。やはり、ソロというフォーマットはこの稀代のピアニストの音の美しさが際立つ。これらの小品は「Miniatures」だ。

シャイ・マエストロの美学が極まる(3)「Gloria」は、彼のパートナーに捧げた楽曲。クラシックに通ずる構造美と、生命力に溢れたジャズの輝かしい即興の見事な融合が素晴らしい。つづく(4)「Aba」は、彼の父親に捧げたもの。シンプルだが美しいテーマを持ち、アドリブでは中東らしい旋律が支配的になり、彼のルーツを探究してゆく。

(4)「Aba」。アバ(ヘブライ語:אבא)とは“父親”のこと。

この特別なピアニストに長年心を惹かれ続けてきた人なら、(7)「From One Soul To Another」は彼からの最大のプレゼントと受け取るだろう。これは彼の2016年のアルバム『The Stone Skipper』に収録されていた強く印象に残る曲の再演。当時の記憶を辿るような瞑想的な演奏に、音楽の魔法を感じずにいられない。

名盤『The Stone Skipper』から、シャイ・マエストロの代表曲の再演(7)「From One Soul To Another」

(5)「Monkey Mind (Chaos is an intimate thing)」は、混沌を受け入れるプロセスに関する表現だろうか。アルバムの中でも特異な印象を残すこの楽曲は、今もなお混乱する祖国に対する彼の複雑な想いなの表出なのかもしれない。

Shai Maestro 略歴

シャイ・マエストロは1987年イスラエル生まれのジャズピアニスト/作曲家。5歳でクラシックピアノを始め、8歳でキース・ジャレットやオスカー・ピーターソンを通じジャズに魅了される。10代でイスラエルの音楽シーンで頭角を現し、数多くの優れた音楽家を輩出するテルアビブのテルマ・イェリン高校で学び、その後ボストンのバークリー音楽大学で研鑽を積んだ。19歳の2006年、世界的ベーシストのアヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)のトリオに加入し、『Gently Disturbed』(2008年)などで国際的に注目されるようになった。

2011年に自身のトリオを結成し、2012年にデビューアルバム『Shai Maestro Trio』をリリース。叙情的で複雑な作曲が高く評価された。ECM Recordsと契約後、『The Dream Thief』(2018年)や『Human』(2021年)をリリースしている。

Shai Maestro – piano

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