トルコ文化の革新的継承者メフメト・アリ・サンルコル、独創的な微分音鍵盤も用いた新譜

Mehmet Ali Sanlıkol - 7 Shades of Melancholia

Mehmet Ali Sanlıkol 『7 Shades of Melancholia』

ジャズの文脈から自身のルーツであるトルコ音楽にアプローチする異才ピアニスト/作曲家メフメト・アリ・サンルコル(Mehmet Ali Sanlıkol)による2025年新譜『7 Shades of Melancholia』。トルコの伝統的な旋法であるマカームを演奏するために自身で開発したデジタル微分音キーボード「ルネッサンス17」も用い、民謡や詩、映画に至るまで、トルコ文化に深く根付いたメランコリーにインスピレーションを得た悲しみと美しさを同時に捉えた稀有な音楽体験を与えてくれる作品だ。

アルバムのオープニング・トラックは“すべての母親に捧げる”としたピアノトリオ編成の(1)「A Children’s Song」。地中海と中東の風が混ざり合うような雰囲気のあるこの曲はトルコの国民的作曲家ムアメル・サン(Muammer Sun, 1932 – 2021)のカヴァー。

(1)「A Children’s Song」

(2)「One Melancholic Montuno」はトランペット奏者イングリッド・ジェンセン(Ingrid Jensen)とピアノのメフメト・アリ・サンルコルのデュオ。二人がアドリブで絡み合うパートは特に自由で情熱的で、素晴らしい。

(2)「One Melancholic Montuno」

(3)「Şedd-I Araban Şarkı」や(4)「Hüseyni Jam」は微分音キーボード、「Renaissance 17」の響きを堪能できる。アルバムのジャケットにも写るこの古風な見た目の新しい楽器は、1オクターヴの中に17の鍵盤を持っており、トルコの伝統的な旋法であるマカームを正確な音程で弾くことができるのだという。楽器はすべての黒鍵に追加の鍵盤を加え、その追加鍵盤には基本的には黒鍵の1/4音(クォーター・トーン)上の音程をセットしたものとなっているが、デジタル楽器のため自由に他の音律も割り当てることができる。
今作は、やはりこうした他では聴くことのできない音楽を聴けることに大きな価値がある。これらの微分音を取り入れた曲は明らかに音楽的表現力が拡張されており、刺激的なリスニング体験となる。

(4)「Hüseyni Jam」のライヴ演奏動画。微分音鍵盤楽器「Renaissance 17」が用いられている

今作はタイトルにあるとおり、“メランコリア”をテーマに据えているが、これはトルコ文化における「hüzün」(フーズン)と呼ばれる独特の感情を指している。トルコの音楽、文学、映画に遍在するこの「hüzün」という感情を、メフメト・アリ・サンルコルは「古代ギリシャにまで遡る長い文化的歴史を持つ」ものと説明している。例えば、トルコのダンス音楽の中でも最も陽気な曲の歌詞が、戦争で引き裂かれた恋人たちの悲劇を歌うことがありといった、喜びと悲しみが共存する文化的な深みの表現である。
このテーマは、例えば黒白の国営テレビやスーフィーの聖墓での祈りといったメフメト・アリ・サンルコルの幼少期の記憶とも深く結びついており、彼の個人的な感情体験を音楽に投影している。

Mehmet Ali Sanlıkol 略歴

メフメト・アリ・サンルコルは1974年トルコ・イスタンブール生まれ。幼少期にキプロスとトルコで過ごし、後にアメリカに移住した。幼少期から母親から西洋クラシックピアノを習い、また父親はジャズ愛好家で、幼い頃からデューク・エリントン(Duke Ellington)やカウント・ベイシー(Count Basie)などの音楽に親しみ、さらにはトルコの伝統音楽やスーフィー音楽にも触れるなど文化的多様性の中で育った。

10代はプログレッシヴ・ロックバンドで演奏。その後奨学金を得て米国ボストンのバークリー音楽大学でジャズ作曲とピアノを学び、1997年に学士号を取得。またニューイングランド音楽院で2000年にジャズ作曲で修士号、2012年に作曲で博士号を取得。博士課程では、トルコ音楽と西洋音楽の融合を研究し、エスノミュージコロジーの視点を取り入れた。

彼のキャリアはジャズ・ミュージシャンとしての活動から始まり、徐々にトルコ音楽と西洋音楽の融合へと進化。イスタンブールなどでトルコの旋法やリズムを学び、オーケストラなどを含む自身の作品に反映。また、旋法(マカム)については鍵盤楽器でも同じことを実現するため、自身でデジタル微分音鍵盤楽器「ルネッサンス17」を考案・設計した。

メフメト・アリ・サンルコルが考案したデジタル・マイクロトーナル・キーボード「Renaissance 17」の解説動画。

音楽教育や文化保全にも熱心に取り組んでおり、マサチューセッツ州ボストンのニューイングランド音楽院(NEC)には2000年代から教員として在籍し、ジャズ作曲、トルコ音楽、エスノミュージコロジーを教えており、学生にマカームや微分音階の理論を指導し、異文化音楽の理解を促進している。

Mehmet Ali Sanlıkol – piano, Renaissance 17, voice
James Heazlewood-Dale – acoustic bass
George Lernis – drums, gongs
Ingrid Jensen – trumpet
Lihi Haruvi-Means – soprano saxophone, sopranino saxophones

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