Tingvall Trio、現代の社会情勢を表現した新作『Pax』
ティングヴァル・トリオ(Tingvall Trio)は現代ヨーロッパ・ジャズの第一人者として、進歩的なイメージがあるが、2003年の結成以来、この3人はごく一部の特別な事例を除き、一貫したアコースティック楽器のみの編成で演奏し非常に多くの支持を得てきた。e.s.t.(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)やバッド・プラス(The Bad Plus)に始まり、現代ではゴーゴー・ペンギン(GoGo Penguin)、シャローシュ(Shalosh)、エミール・ブランドクヴィスト・トリオ(Emil Brandqvist Trio)といった実力派たちが表現の拡張のためにシンセサイザーやポストプロダクションを積極的に取り入れる中で、ティングヴァル・トリオはグランドピアノ、ダブルベース、ドラムスのみでジャズという音楽の楽しさや美しさを伝えることにこだわってきた。
そんなティングヴァル・トリオの記念すべき10枚目のアルバムである『Pax』(2025年)は、アコースティック・ピアノトリオの真骨頂を見せるというファンの期待に見事に応えたものとなっている。これまで同様に、スウェーデン出身の天才的なピアニスト/作曲家マーティン・ティングヴァル(Martin Tingvall)が全曲を作曲し、結成以来ずっと変わらないリズムセクションの二人──キューバ出身のベース奏者オマール・ロドリゲス・カルボ(Omar Rodriguez Calvo)とドイツ出身のドラマー、ユルゲン・シュピーゲル(Jürgen Spiegel)──とともに、過去から絶え間なく連なるジャズの現在と、未来へのひとつの方向を示す。
アルバムタイトル『Pax』はラテン語で「平和」を意味し、現代の社会情勢に対するバンドリーダーのマーティン・ティングヴァルの明確なメッセージを反映している。世界中の人々を不安に陥れている戦争、差別、憎悪といった現代社会の暗い側面を念頭に、平和と共生のメッセージを音楽を通じて伝えることを目的としている。
今作に収録された12曲はどれも素晴らしく魅力的だ。
感動的なバラード(4)「A Promise」、エネルギッシュなアンセム(9)「Cruisin’」、幾許かの希望を描く(3)「A New Hope」に(5)「Life Will Go On」、 民族音楽に影響を受けた曲(8)「Sami People」や(6)「Ystad Folksong」、そして深い感情を表現する三部作(10)「Pax」、(11)「The End」、(12)「Goodbye」など、深い感情を乗せたピアノが胸を打つ。
マーティン・ティングヴァルは現在の社会情勢について「傍観者ではいられない」と語っている:
「不安に満ちた世界と社会の分断が進む中で、音楽を通して平和を訴えることが私にとって特に重要でした。アルバム『Birds』では、この時代の不穏な情勢を音楽で反映させようと試みました。けれどもそれ以来、世界の多くの状況は悪化の一途を辿っています。ミュージシャンとして、私はただ傍観しているつもりはありません。『PAX』は、人々に内省と平静を促し、そして平和への確かなサインとなることを目指しています」
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今作は2025年初頭の20回以上のコンサートツアーの直後に録音され、ライヴ・パフォーマンスのようなエネルギーと即興性を保ちつつ、スタジオ特有の繊細な音作りが施されている。
Tingvall Trio 略歴
ティングヴァル・トリオはスウェーデンのピアニスト/作曲家マーティン・ティングヴァル(Martin Tingvall, 1974年 – )を中心に、キューバ出身のベース奏者オマール・ロドリゲス・カルボ(Omar Rodriguez Calvo)とドイツ出身のドラマー、ユルゲン・シュピーゲル(Jürgen Spiegel)とともに2003年に結成された。以来、いっさいのメンバー交代もなく活動を続けている。
彼らはマーティン・ティングヴァルと同郷のe.s.t(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)とも比較される現代的な音作りで人気となり、結成以降すぐに比類のない成功を収めてきた。これまでに複数のEcho Jazzアワードとライヴ・アクト・オブ・ザ・イヤーを受賞、ジャズ・アワード金賞合計6回、インパラ賞2回の受賞など客観的にも傑出したアンサンブルとして国際的に知られている。
リーダーのマーティン・ティングヴァルはソロとしても複数のアルバムをリリースしており、トリオの活動と共に高い評価を得ている。
Tingvall Trio :
Martin Tingvall – piano
Omar Rodriguez Calvo – bass
Jürgen Spiegel – drums