混乱する現代社会の“解毒剤”。L’Antidote デビュー作
いずれも中東にルーツを持ち、音楽家としてヨーロッパで成功を収めた3人──イラン系フランス人の打楽器奏者ビジャン・チェミラニ(Bijan Chemirani)、アルバニア生まれで戦火を逃れイタリアに来たチェロ奏者レディ・ハサ(Redi Hasa)、そしてレバノン出身でやはり内戦から逃れてフランスに移住したピアニストのラミ・カリフェ(Rami Khalife)──。伝統音楽、ジャズ、クラシック、エレクトロなどそれぞれ専門分野は微妙に違えども、音楽的にも文化的にも重なる部分も多い彼らが初めてトリオを組み、“奇跡的”とすら形容したくなるほどに神秘的で感情を揺さぶられる音楽を生み出した。
アルバムタイトルであり、トリオ名にも採用された『L’Antidote』とはフランス語で“解毒剤”の意味だ。パンデミックの瀬戸際で出会い、それが終息に向かった2024年に再び集結し録音されたという文字通りの意味から、人々の無理解や思い込みから生じる分断や、音楽やアートが混乱する社会に対して果たし得る約束のようなものが込められているといって間違いはないだろう。
冷静に現在地を見定めるような(1)「Pomegranate」(暗喩的に“柘榴”のタイトルが付けられている)、深く思索的な(2)「The Orchard」や(8)「Shadows Of Flowers on My Wall」から、酩酊による幻覚的希望の快楽を演じるような(4)「Dates, Figs and Nuts」や(7)「Na Na Na」まで、その圧倒的な観察眼と表現力が感じられる。ほぼ全編がインストゥルメンタルで、パーカッションの力強いリズム、チェロの叙情的なメロディー、ピアノのコントラスト豊かな表現が絡み合い、フォーク、ミニマリズム、ペルシャ調の要素を織り交ぜることによって新しい音楽観や価値観を見事に描きだしている。
Bijan Chemirani – percussion
Redi Hasa – cello
Rami Khalife – piano