フランスの天才作曲家Kadoschが贈る、あまりに完璧な多次元的音楽作品。『Pix’Elles Rhapsody』

Kadosch - Pix'Elles Rhapsody

Kadosch 『Pix’Elles Rhapsody』

全22曲、1時間9分の夢心地の音楽体験。これを名盤と言わずしてなんと言おうか…

消滅の危機にある言語をテーマとした前作『Babeleyes』(2015年)がかのエグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)からも絶賛されたフランスの作曲家/ギタリスト/マルチメディア・サウンドエンジニア、カドーシュ(Kadosch)ことフィリップ・カドーシュ(Philippe Kadosch)の新作『Pix’Elles Rhapsody』。ブラジル音楽の豊かなハーモニー、バルカン半島の不規則なリズム、南インド古典音楽、地中海周辺地域の古楽など多文化にインスパイアされており、それらの要素を彼の個性を強く反映し自身の作編曲で再構築。室内楽アンサンブルであるクォーク・シンフォニエッタ(Quark Sinfonietta)による演奏と、女性ヴォーカルを主体とした歌唱を中心に時代を超越した音楽を聴かせてくれる。歌詞はフランス語、英語、イタリア語、ポルトガル語、そして線文字B1で歌われる。

この驚異的な作品は、ボサノヴァの影響を受けた(1)「Longe」で幕を開ける。ブラジルの歌手スエリ・ゴンジン(Sueli Gondim)がポルトガル語の歌唱で参加しており、一般的なリスナーにとっては今作でもっとも分かりやすい“良い曲”となっているように思う。

(1)「Longe」

懐古的なスウィング・ジャズのエッセンスをアレンジの中に魅力的に取り入れた(2)「Welcome Gate」には、ベルギーの男性歌手デヴィッド・リンクス(David Linx)が参加。ギターソロはブラジルを拠点とするジャズ・ギタリストのアレシャンドリ・ミハノヴィッチ(Alexandre Mihanovich)が弾いている。

ここまでの冒頭2曲はそれぞれ相当に素晴らしい曲なのだが、カドーシュの卓越した個性が発揮されるのはむしろそこから先に収められた個性豊かな楽曲たちだ。
囁くようなフランス語の歌唱と、複雑な複合変拍子や不協和音によってディストピアな雰囲気を醸す(3)「Traineau」は、奇妙な外観とバランスで成り立った一際目を引く建築物のようなある種の哲学的美的感覚を呼び起こす楽曲。

(3)「Traineau」

(5)「Enigmas」にはブラジルの歌手テテ・エスピンドーラ(Tetê Espindola)が前作に引き続き参加。弦、木管の優れたアレンジを伴い、圧倒的な声の表現力で魅せる。
つづく(6)「Langue au chat」も良い。ヴォーカルはフランスのサンドリン・モンルズン(Sandrine Monlezun)で、生のアンサンブルにごく僅かに、効果的に交えた電子音もセンスを感じさせる。

“失われた言語の探究”を掲げた前作に収録されていた東欧風の印象的な曲のアカペラ・アレンジである(13)「Kaprolin」も素晴らしい。歌うのは世界中の音楽をレパートリーとするサンパウロのグループ、マワカ(Mawaca)とデヴィッド・リンクス。素朴なメロディーに、線文字Bの歌詞が乗り、まさに時代を超えた感覚を呼び起こす。古代の記号や音節を現代に語りかける音へと昇華する試みは、ともに文化や時代を超えた音楽を表現するカドーシュとマワカの共鳴の頂点だ。

アカペラが深く印象を残す(13)「Kaprolin」

(14) 「Fiz Esta Cancão」にはブラジルを代表する女性歌手、モニカ・サウマーゾ(Mônica Salmazo)が参加。
テテ・エスピンドーラが歌う(16)「Eletrico Beijo」も特筆すべき素晴らしい楽曲で、繰り返しモチーフとして提示される5音から成る音形と3拍子のリズムで美しいポリリズムを築いている。

フィジカルCDのパッケージにはAR(拡張現実)の仕掛けも

本作のフィジカルCDは「PixiPack」と呼ばれる拡張現実の仕掛けが施されたものとなっており、22の楽曲を通じて音楽、アート、テクノロジーが融合した新しい体験が提供されている。

CDパッケージには拡張現実(AR)の仕掛けも。

この興味深いフィジカルCDが日本で可能かは不明だが、とても面白い試みであり、カドーシュのマルチメディア・アーティストとしての才能が存分に発揮されていると言えるだろう。
彼のサイトには、この試みについて次のような解説が掲載されている:

KADOSCHは、PixiPackを通して拡張現実と人工知能を探求することで、『Pix’Elles Rhapsody』の真の意味と作曲家としての革新的なビジョンを明らかにしています。Pix’Elle ARはそれぞれ、数学的な創意工夫が凝らされたアニメーション絵画となり、作詞家の深み、編曲家のタッチ、そして歌手やミュージシャンの解釈を余すところなく表現し、リスナーに唯一無二の音楽と視覚体験を提供します。この色彩豊かなラプソディは、ピクセルごとに、唯一無二の音楽と視覚体験へと変貌を遂げます。

www.orchestralkit.film

Philippe Kadosch プロフィール

フィリップ・カドーシュは主にギターやアンサンブル向けの作品を制作しているフランスの音楽家。代表作として、4ギターのための「Amigo Violão」があり、多文化的な要素を織り交ぜたスタイルで知られる。

彼のキャリアは、伝統的な西洋音楽を超えた実験的なアプローチに特徴づけられる。2015年にスロバキアのHevhetiaレーベルからリリースした『BabelEyes』では、絶滅危惧言語をモチーフに、ブラジルや他の文化のメロディーを取り入れ、国際的な評価を得た。このプロジェクトはフランスとブラジルのコラボレーションとして、Hevhetia Festで演奏され、プログレッシブジャズや実験音楽の文脈で注目された。

2025年には最新作『Pix’Elles Rhapsody』を同レーベルから発表。Quark Sinfoniettaとの協力で、バルカン半島のリズム、ジャズのリフ、インドのビート、ブラジルのサウンドを融合させた。参加アーティストにモニカ・サウマーゾ(Mônica Salmaso)、テテ・エスピンドーラ(Tetê Espindola)、マワカ(Mawaca)らが名を連ね、多言語ヴォーカルとインストゥルメンタルを組み合わせた革新的な内容である。このアルバムはAR技術を活用したパッケージングも特徴で、音楽体験を拡張している。

Kadoschの音楽は文化の消失や多様性をテーマにし、ブラジル音楽家エグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)から絶賛された過去作のように、グローバルな視点を持つ。

サンパウロのグループ、Mawacaによる(13)「Kaprolin」の別録音(今作未収録)

Kadosch – acoustic guitar, keyboard, bass, percussion, sound design
Lena Gutke – flute
Alix Pengili – oboe
Valérie Gueroult – clarinet
Gabriel Vernhes – bassoon
Gueorgui Kornazov – trombone
Cristina Azuma – viola caipira
Alexandre Mihanovich – electric guitar, keyboard, bass
Rosalie Hartog – violin, viola
Ludovic Balla – violin
Jason Meyer – violin
Françoise Renard – viola
Mimi Sunnerstam – cello
Florence Hennequin – cello
Emek Evci – double bass
Thiago Alvez – double bass
Jónatas Sansão – drums
Guillaume Kervel – drums, percussion
Zé Eduardo Nazario “ZEN” – drums, percussion

Guests :
David Linx , Tetê Espindola , Monica Salmaso , Mawaca , Roxane Terramorsi , Rosalie Hartog , Ljuba de Angelis , Sueli Gondim , Sandrine Monlezun , Luz Marina

  1. 線文字B…紀元前1550年から紀元前1200年頃まで、ギリシア本土およびクレタ島で使われていた文字。ギリシャ語の最も古い形態であるミケーネ文明のギリシャ語の表記に使用された音節文字である。 ↩︎
Kadosch - Pix'Elles Rhapsody
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