創造・堕落・救済の物語を描き出すジョエル・ロス新譜
現代最高峰のヴィブラフォン奏者/作曲家ジョエル・ロス(Joel Ross)の2026年新譜『Gospel Music』は、単なるジャズ・アルバムではない深みを湛える。これはシカゴのブラック・チャーチで育った彼の魂の告白であり、聖書の物語を音の糸で紡ぎ直した、現代の賛美歌集だ。
ジョエル・ロスはこれまで『KingMaker』(2019年)や『Who Are You?』(2020年)で、若き世代のジャズシーンを切り開いてきたが、この5作目は彼の信仰心が最も露わになった作品だ。名門ブルーノート・レコードからのリリースということもあり、伝統と革新の狭間で揺らぐジャズの今を象徴するようでもある。
アルバムの骨子にあるのは、「創造・堕落・救済」という聖書の三つのテーマだ。ジョエル・ロス自身が「良い知らせを共有するための最も大胆な試み」と語るように、この作品にはゴスペルのエッセンスが濃密に溶け込んでいる。ゴスペル歌手であるフレッド・ハモンド(Fred Hammond)やカーク・フランクリン(Kirk Franklin)の影響が感じられるリフレインの繰り返しやヨランダ・アダムス(Yolanda Adams)のような魂の叫びが、ヴィブラフォンの繊細な響きと融合する。彼のカルテット「Good Vibes」を拡張したセクステットは、家族のような信頼で支え合い、ジョシュ・ジョンソン(Josh Johnson)のアルトサックスやマリア・グランド(Maria Grand)のテナーが、ジョエル・ロスのヴィブラフォンを包み込むように優しく歌う。
アルバム全体に漂うのは、“自己犠牲と他者への奉仕”を軸とした“キリストのような生き方”だ。彼は音楽を礼拝の形と位置づけており、楽器を演奏するという行為自体も礼拝の意味を持つのだという。多層的で瞑想的な(1)「Wisdom Is Eternal (For Barry Harris)」、エデンの園における罪の起源を語る荘厳な楽曲である(3)「Protoevangelium (The First Gospel)」といった冒頭の楽曲群から、このヴィブラフォン奏者の信仰の本質を赤裸々に解き明かしてゆく。
ドラムスのジェレミー・ダトン(Jeremy Dutton)、ピアニストのジェレミー・コレン(Jeremy Corren)、そして横浜生まれカナダ育ちの女性ベース奏者カノア・メンデンホール(Kanoa Mendenhall)の“Good Vibes”の演奏も演練された演奏を見せる。長年の信頼関係に裏付けられたリラックスした良質なジャズ・アンサンブルは素晴らしく、今作の屋台骨を支える。
アルバムの真髄は、後半のゲストが参加した楽曲群かもしれない。
(11)「Praise To You, Lord Jesus Christ」にはジョエル・ロスの妻ローラ・ビブズ(Laura Bibbs)がトランペットとヴォーカルで参加。淡々と繰り返すリフレインからシームレスに(12)「Calvary」へと繋がれ、こちらではカメルーン系アメリカ人歌手のエケプ・ンクウェレ(Ekep Nkwelle)がソウルフルな歌声を響かせている。その歌声に包まれながら演奏されるジョエル・ロスの即興も素晴らしい。
つづくアンディ・ルイス(Andy Louis)参加の(13)「The Giver」も最高だ。ピアノとギター&ヴォーカルのみで素朴に演奏される曲で、今作中もっともシンプルな構成ながら胸を打つ魅力がある。
ラストの(17)「Now & Forevermore」でのブランディー・ヤンガー(Brandee Younger)のハープが加わる瞬間は、まるで天上の調べのような美しさ。静かな余韻を残しながら音が消える頃にはきっと、あなたの魂も浄化されていることだろう。
NYジャズシーンで輝く貴重なVibプレイヤー
ジョエル・ロスは1996年米国シカゴ生まれのヴィブラフォン奏者。幼少時より双子の兄とともにドラムの演奏を始め、10代でジャズバンドに参加したあと、ヴィブラフォンの演奏を開始した。シカゴ芸術高校に入学すると、セロニアス・モンク・インスティテュート・オブ・ジャズ(Thelonious Monk Institute of Jazz, 現ハービー・ハンコック・インスティテュート・オブ・ジャズ)と学校とのパートナーシップを通じてさらに人脈を広げた。
高校卒業後はニュースクールなどで学び、2016年にBIAMP PDX Jazz Festival “Jazz Forward” Competition で優勝。以来マカヤ・マクレイブン、ピーター・エヴァンス、マーキス・ヒル、ウォルター・スミス3世といったトップアーティスト達と次々共演、近年のニューヨーク・ジャズシーンの盛況の一翼を担い続けている。
ポストバップの伝統に沿った洗練されたスタイルの演奏で、ヴィブラフォンという特色のある楽器を扱いながらもアンサンブル志向が強く、目立ち過ぎずもバンドに華やかなサウンドをもたらす貴重なプレイヤーだ。
Joel Ross – vibraphone, celesta, glockenspiel, drums
Josh Johnson – alto saxophone
Maria Grand – tenor saxophone
Jeremy Corren – piano
Kanoa Mendenhall – double bass
Jeremy Dutton – drums
Guests :
Laura Bibbs – trumpet, vocal (11)
Ekep Nkwelle – vocal (12)
Andy Louis – vocal, guitar (13)
Brandee Younger – harp (17)
Austin White – electronics (17)