終わりの見えない戦争、そしてゴーゴル・ボルデロのポストパンクへの回帰
2022年2月24日にロシアが祖国ウクライナへの侵攻を開始してから、ゴーゴル・ボルデロ(Gogol Bordello)のフロントマンであるユージーン・フッツ(Eugene Hütz)はすぐにゼレンスキー大統領を支持する楽曲「Zelensky: The Man With the Iron Balls」(ゼレンスキー:鋼鉄のタマをもつ男)を4月に発表。その後バンドでは5年ぶりとなるアルバム『SOLIDARITINE』を発表し、当時のインタビューでもウクライナの不屈の精神を称え、その勝利を強く確信し人々に連帯を呼びかけていた。
それから4年が経とうとしているが、事態は一向に収拾の兆しを見せない。ウクライナ、ロシア双方の死傷者数は合計で200万人にのぼると推計されており、権力者がこじつけの理由で始めた理不尽な争いによって多くの人々が血を流し、そしてその命を奪われ続けている。
そんな状況の中で、チェルノブイリ(チョルノービリ)原子力発電所事故によって故郷を追われ難民となったユージーン・フッツ率いるゴーゴル・ボルデロは、9枚目のアルバムとなる新作『We Mean It, Man!』を2026年2月13日にリリースした。バンドはこれまでに多数メンバーの入れ替わりがあり、今ではデビュー当初のオリジナルメンバーはユージーン・フッツとロシア出身のヴァイオリン奏者セルゲイ・リャブツェフ(Sergey Ryabtsev)だけとなり、今作では新たにギタリストのレオ・ミンテク(Leo Mintek)と、キーボード/アコーディオン奏者エリカ・マンシーニ(Erica Mancini)がバンドに参加。
プロデューサーにはニック・ローネイ(Nick Launay)とアダム・グリーンスパン(Adam Greenspan)を起用し、これまでよりもさらにヘヴィーな、パンク精神に満ちたサウンドへと進化している。
アルバムの各楽曲は、祖国の戦火の影を纏っている
ユージーン・フッツは今作について“ポストパンクの復讐”と呼んでいるそうだ。世界が切り裂かれているというのに、“アーティスト”と呼ばれる人々はまるで現実を無視するかのように漂白されたポップソングを歌い、能天気に踊っている。ゴーゴル・ボルデロは成功者となった後もずっと、そういった界隈とは一線を引いてきた。プロテスト・ソング欠乏症に陥った現代社会で、彼らの叫びは20年前から変わらず、むしろその激しさを増しているようにさえ思える。
激しい叫びとギターサウンドで幕を開ける(1)「We Mean It, Man!」では、「姉妹たちが血を流している間/兄弟たちが対戦する/中心もベクトルもない/錨が何もない」と抑制を失った状況を嘆いている。
ただ悲嘆するだけではない。(2)「Life Is Possible Again」にみられるように、希望を信じ続けることが彼らのエネルギーになっている。セルゲイ・リャブツェフを第1ヴァイオリンに据えた弦楽四重奏がフィーチュアされ、重く怒りに満ちたパンクサウンドの中に、再び明るく生活できる未来を見出そうとする。
印象的な半音下降のリフをもった(4)「Hater Liquidator」(憎悪の清算人)はアルバムのハイライトとなる1曲だ。Liquidator(清算人)は、旧ソ連圏(特にウクライナ)においては非常に重い意味を持つ。1986年のチェルノブイリ原発事故の際、命懸けで現場の除染作業や封じ込めを行った作業員たちの公称が「リクビダートル(ロシア語:Ликвидатор, = 清算人)」だった。ユージン・ハッツは、現在のウクライナにおける戦いや社会的な混乱を、かつての目に見えない放射能との戦いになぞらえている。ここではアルゼンチンにルーツをもつ新加入の“アコーディオンの女神”エリカ・マンシーニが弾くオルガンが、サウンドの重要なコアとなっている。
(6)「Ignition」も今作における象徴的な1曲だ。この曲は制作段階では「Blue and Yellow Monday」というコードネームが付けられていた。青と黄色は言わずもがな、ウクライナの国旗の色。歌詞にはこんな印象的な一節がある:「天使のような顔をした、堕落した成金/僕らの友情を禁断の失われた芸術のように密輸している」
これは現代の利己的な社会や成金的な価値観が蔓延する中で、損得勘定抜きで助け合える絆を、あえて「密輸」という言葉を使って、貴重でスリリングなものとして表現しているものかもしれない。タイトルの「Ignition」(点火)には、誰かが困難に直面したとき、迷わず助けに向かうための心の点火スイッチという意味が込められているようだ。
ミュージック・ヴィデオにはウクライナ支援で知られ、ユージーンの長年の友人である俳優のリーヴ・シュレイバー(Liev Schreiber)が友情出演しており、曲のテーマである“本物の友情”を体現している。
Eugene Hütz & Gogol Bordello 略歴
ゴーゴル・ボルデロのフロントマンであるユージーン・フッツ(Eugene Hütz, “ユージン・ハッツ”と表記されることも)は1972年ソビエト連邦(当時)ウクライナ・キーフ州ボヤルカ生まれ。ウクライナでバンドを始めていたが、1986年、14歳のときにチェルノブイリ原子力発電所事故が発生。一家は故郷を離れることを余儀なくされ、以降7年にわたって東欧各地の難民キャンプを転々とする。ポーランド、ハンガリー、オーストリア、イタリアでの生活を経て、1993年に家族でアメリカのバーモント州に移住した。
ここでも彼はジプシー音楽を軸に各国の民族音楽を取り交ぜたパンク・バンドで活動。1997年にニューヨークに移住し、1999年に多文化、多国籍、多民族、多言語の音楽家たちで構成される“ジプシーパンク”バンド、ゴーゴル・ボルデロを結成した。
マドンナ(Madonna)がユージーン・フッツに惚れ込んで彼を主演に抜擢した映画『ワンダーラスト』を制作したり、ファッションブランドのGucciがユージーンをモデルにしたラインを発表したり、2015年5月のウクライナ版Vogueではエストニアのファッションモデルと共に表紙を飾るなど、カルチャー面でも世界的に話題を振りまいている。
Gogol Bordello というバンド名はウクライナ出身の小説家ニコライ・ゴーゴリ(Мико́ла Васи́льович Го́голь, 1809 – 1852)の苗字と、同国語で売春宿を意味する「Bordello」に由来する。ユージーンが弾くナイロン弦ギターやヴァイオリン、アコーディオンなど一般的なパンクバンドとは異なる編成が特徴的で、東欧の音楽性を反映した“ジプシー・パンク”のスタイルで一世を風靡。世界的な影響力を持つバンドだ。