ベーシスト、ヨセフ・ガトマン新作『Resisei Lyla』
南アフリカで生まれ、NYでジャズ・ベーシストとして活躍し、10年ほどの活動休止を経て現在はイスラエル・エルサレムで静かながら文化的に重要な音楽活動の動きを見せるヨセフ・ガトマン(Yosef Gutman) は、──彼自身はそう呼ばれることをあまり好まないかも知れないが──特別な音楽家だと断言してよいだろう。
ニューヨークで10年以上をジャズマンとして過ごし、その後10年ほど音楽の世界から遠のいていた正統派ユダヤ教徒である彼は、2019年のソロデビュー作『Chabad Al Hazman』でユダヤ文化のニグニム1とアメリカ発祥のジャズの共通点を探求し、世の中にその成果を発表した。そしてその後の怒涛のリリースを通じて、それが単なる異なる音楽ジャンルの”表面的な融合”ではなく、世界中のあらゆる音楽の根底に通ずる精神的な深い結びつきに通じるものであることを証明してきた。
ヨセフ・ガトマンの2026年の最新作『Resisei Lyla』も、そうした活動の延長に位置付けられる。ヘブライ語のアルバムタイトルの意味は“夜の断片”で、旧約聖書の「雅歌」(Shir Hashirim / Song of Songs)から着想を得ており、夜という時間帯における睡眠と覚醒、そこで生ずる思考の断片を表現。演奏はカルテット編成で、ピアノのオムリ・モール(Omri Mor)、ギターのタル・ヤハロム(Tal Yahalom)、パーカッションのイタマール・ドアリ(Itamar Doari)、チェロのヨエド・ニール(Yoed Nir)との親密なアンサンブルは2024年のピースフルな傑作『The World And Its People』の実質的な続編ともいえる。
アルバムは全曲がヨセフ・ガトマン作曲、マルチ木管奏者/アレンジャーのギラッド・ローネン(Gilad Ronen)編曲の共作。ユダヤの伝統的な音楽様式と精神性がジャズに溶け込んだ、洗練されていながらも素朴な温もりのある今作は、ヨセフ・ガトマンが音楽を通じて表現する人々の内面的平和への切なる願いのようだ。
ラストに収録された(10)「Yedid Nefesh」は、今作中でもっとも啓示的な瞬間だ。この曲はバンドでのアレンジを試したあとに、ピアノの前にひとり座ったオムリ・モールのソロ演奏がそのまま採用されたものだ。「彼の言う通りだった」とヨセフ・ガットマンは認める。「彼には感じた通りに弾いてほしいと頼んだ。すると、彼の演奏はあまりにも深遠で、何かを付け加えたら台無しになってしまうと思ったんだ」
このエピソードは、徹底的に削ぎ落とされたシンプルなメッセージこそ、もっとも深く心に響くという普遍的な教訓をあらためて思い起こさせる。
Yosef Gutman プロフィール
ヨセフ・ガトマン・レヴィット(Yosef Gutman Levitt, ヘブライ語:יוסף גוטמאן לויט)は南アフリカ・ヨハネスブルグから1時間程度の農場で生まれ育った。幼い頃から音楽の才能の兆しを見せ、最初にピアノ、そして10代後半でベースギターを手にとり、故郷南アフリカから米国に渡りボストンのバークリー音楽大学、そしてニューヨークに移り住んだ。ニューヨークには10年以上住み、ギタリストのリオーネル・ルエケ(Lionel Loueke)らと広く演奏したが、この時期は残念ながら音楽への欲求不満と無力感が高まる時期でもあった。
音楽の道を歩むことをやめ、テック系の起業家として成功し10年ほど音楽から離れていたヨセフだが、近年になってユダヤ教のハシディズム(神秘主義的運動)の伝統的なメロディーをベースに再び音楽活動を開始。トレードマークである5弦のベースを持ち2019年1月にソロデビュー作『Chabad Al Hazman』をリリース。
2020年には古代ユダヤ教にインスパイアされた壮大なダブル・アルバム『The Sun Sings to Hashem』『The Moon Sings to Hashem』をリリース、2022年初頭には以前から大きな音楽的影響を受けていたブラジル音楽に傾倒した作品『Ashreinu』をリリース。ニューヨーク時代の旧友リオーネル・ルエケが全面参加した『Soul Song』(2023年)も話題になった。
彼にとってユダヤ音楽とは、不必要なものをすべて削ぎ落とした深い誠実さが特徴なのだという。重要なことは、その音楽がより高次のものからインスピレーションを得ているということだ。 彼はその場所に到達することに興味のあるアーティストと仕事をしたいと考えており、2024年には世界最高峰のギタリスト、ギラッド・ヘクセルマン(Gilad Hekselman)をフィーチュアした作品『Why Ten?』もリリースするなどコンスタントに活動を行っている。
Tal Yahalom – guitar
Omri Mor – piano
Itamar Doari – drums, percussion
Yoed Nir – cello
Yosef Gutman – acoustic bass guitar, contrabass
- ニグニム(Nignim)…ユダヤ教の伝統的な歌唱法や旋律を指し、特に言葉を使わず感情を表現する即興的な旋律を意味する。ハシディズム(敬虔なユダヤ教徒の運動)で重要視され、祈りや瞑想、共同体の喜びを深めるために歌われる。「ニグニム」は複数形で、単数形は「ニグン(Nigun)」。 ↩︎