スペイン・メノルカ島出身ピアニストによる多層的な新作『Táctil』
スペイン・メノルカ島出身のジャズピアニスト/作曲家のマルコ・メスキーダ(Marco Mezquida)は、新作『Táctil』で“音の手触り”を表現しようとしている。Táctilとはスペイン語で「触覚の」「手触りの」といった意味を持つ単語で、音楽における触覚的な感覚を呼び覚まそうとする試みだ。
音楽は、とりわけリスナーにとって非物質的で、生み出された直後に消えてしまう運命にあるように思える。だが本来なら、ピアニストは鍵盤を叩くことで、チェリストは弦を指で弾いたり弓で擦ったり、打楽器奏者なら楽器を叩くことで音を生み出している。考えてみれば当たり前のことだが、ミュージシャンにとって、音は触覚と直結している。
このことはリスナーに、“音楽を通したマインドフルネス”とも言うべき、新たな側面の音楽の楽しみ方を促す。たとえば、できるかぎり邪魔の入らない環境で、この音楽を聴きながら、意識をマルコ・メスキーダが弾くピアノに集中させてみよう──ピアノは打楽器の一種だ。マルコが鍵盤を叩く指先の動きを視覚的にイメージすると、音の「手触り」が感じられてくる。鋭いスタッカートでは、指先が熱い鉄板に触れた瞬間に離れるような、硬くて速い感触。深く響く低音では、鍵盤の底までゆっくりと沈み込み、フェルトが弦を強く押し潰すような、重くて柔らかい感触。──そう、こんなふうに。
今作もジャズを基調としつつ、ラテン、アフロキューバン、イベリア半島の伝統音楽、カリブやレユニオンなどのクレオール・ジャズを取り入れたマルコ・メスキーダの多面的な音楽性を堪能できる。ピアノ、チェロ、パーカッションの変則トリオを軸としており、ポリリズムや変拍子も多用した技巧面・音楽面での高度な洗練も素晴らしい。テーマのメロディーも、超絶技巧を見せるアドリブも歌心を忘れないもので、マルコ・メスキーダの人間性が反映されている。
アルバムはモーリス・ラヴェル(Maurice Ravel, 1875 – 1937)の『高雅で感傷的なワルツ』へのオマージュである(1)「Nobles y sentimentales」で始まる。続くアフリカの音楽文化とのクレオール的なポリリズムの(2)「Constantine」で灼熱のアンサンブルを放ち、アフロ・キューバンな(3)「Pe di boi」、南米風の(4)「Felice」といったように自在にその研ぎ澄まされた感性で羽ばたくように鍵盤を駆け回ってゆく。その様子は触覚どころか、視覚までをも刺激するほどに映像的だ。
(7)「World’s hope」などいくつかの曲はリリカルで、14曲が収録されたアルバムの緩急となっている。特筆すべきは(13)「Tempus fugit (plor per Palestina)」だ。これは近年のパレスチナでの惨状を映像を通じて目撃し、心を痛めたマルコによって書かれた曲で、祈るように静謐な演奏が心に響く。「時は流れる」を意味するタイトルは、惨劇が続く中で時間だけが無情に過ぎ去っていくことへの焦燥感や無力感を表している。
Marco Mezquida – piano, Rhodes, Hammond
Martín Meléndez – cello
Aleix Tobias – drums, percussion
Guest :
Celeste Alías – chorus (6)
Gala Celia – percussion