2008年6月、e.s.t(エスビョルン・スヴェンソン・トリオ)のリーダーでもあったピアニスト、エスビョルン・スヴェンソン(Esbjörn Svensson)がスキューバダイビング中の不慮の事故で死亡したというニュースが音楽界を揺るがし、他ジャンルを飲み込みながら急速に進化するジャズという文脈において、非常に重要な人物がこの世から永遠に失われた事実を多くの人が即座に悟った。
その後ヨーロッパから流星のように現れ、──e.s.t がかつてそうしたように──ジャズを基調をしながらもクラシックやロック、エレクトロニカなどを大胆に取り入れ、新しい表現を目指した多くのピアノトリオは、どれだけ優れていようとも常にe.s.tという先駆者との比較に晒されるという憂き目にあってきた。
e.s.t の2/3は、まだ生きているのに
エスビョルン・スヴェンソン・トリオ(e.s.t)はジャズの標準的な編成のひとつであるピアノトリオだ。
メンバーには、悲劇として語られることになってしまったピアノのエスビョルン・スヴェンソン(Esbjörn Svensson)の他にも、二人のメンバーがいる。
ベースのダン・ベルグルンド(Dan Berglund)、そしてドラムスのマグヌス・オストロム(Magnus Öström)。
ダン・ベルグルンドの2010年『Dan Berglund’s Tonbruket』はe.s.t の魂が乗り移ったかのようなプログレジャズだったし、マグヌス・オストロムが参加していたラーシュ・ダニエルソンの『Liberetto』三部作を聴けば、e.s.t のサウンドはエスビョルン・スヴェンソンだけで成り立っていなかったという事実を多くの誠実なファンは聴き取ったことだろう。
スヴェンソン亡き後、もうひとりのキーパーソン
ブッゲ・ヴェッセルトフト(Bugge Wesseltoft)はノルウェー出身の作曲家/ピアニスト。ジャズギタリストの父親のもとに生まれ、16才の頃はパンクバンドをやっており、その後プロとしてポップスやロックなどの仕事もこなしながらその天才的なピアノプレイでも頭角を現した人物だ。
1997年に発表したアルバム『New Conception of Jazz』で新しいスタイルのジャズ=“フーチャージャズ”を知らしめ、スペルマン賞を受賞。
その後もDJやスクラッチなどHip-Hopの要素を取り入れたり、逆に自身のアコースティックピアノを全面的にフィーチュアしたり、スタイルにこだわらず常に刺激的でスタイリッシュな音楽作品を発表するクリエイターとして注目を浴びてきた。
ブッゲがe.s.tの二人と組んだスーパートリオ
前置きが長くなったが、そんな3者が2019年、初めてトリオ(このグループはリムデン Rymden、=スウェーデン語で“宇宙”と名付けられた)としてアルバム『Reflections and Odysseys』を発表した。
アルバムを聴いてみると、やはりリズムセクションにはe.s.tの血が流れていることがわかる。
ブッゲのピアノの方はというと……リズムセクションに引っ張られているせいか旋律にエスビョルンを彷彿とさせる部分もあるにはあるが、どちらかというと「過去の呪縛を解き放って前進しようぜ」というような強く二人を牽引するメッセージが感じられるのだ。
それにしても、Rymden(宇宙)というバンド名も、アルバムタイトルも随分とスケールがでかい。でも彼らにはそれだけの積み重ねてきた過去があるし、大げさではなく本気でe.s.t の亡霊から逃れ、次なる未来へ進んでいくつもりなのだろうと思う。
そしておそらくブッゲの本当の狙いは、e.s.tが築いた強固な地平から次なるレイヤーへと引き上げたいのは元e.s.tの二人ではなく、外野からあれこれ批評をしたがる私たちファンや、メディアの方なのだ。