久しぶりに聴いた『Mad Hatter』は、やはり今も色褪せない名盤だった
2019年に意欲的な新譜『Antidote』を発表したチック・コリア(Chick Corea)。その記事を書くために久々に彼の旧譜をじっくりと聴いていたのだが、やはり私にとっては彼の最高傑作は1978年の『Mad Hatter』をおいて他にないという結論に至った。
本作『マッド・ハッター』は誰もが知るルイス・キャロルの名作『不思議の国のアリス』をモチーフにしたチック・コリアのストーリーテラーとしての作家性が最高潮に達したアルバム。アナログシンセの多用など、今聴くとやはり時代を感じる部分もあるが、当時でいう「フュージョン」の最前線で活躍していたチック・コリアにしか表現し得ない最高の音楽が展開されていると思う。
ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』がテーマのアルバム
アルバムは収録曲のタイトルが示す通り、全曲が『不思議の国のアリス』をテーマとしている。中でも特筆すべきが(4)「ハンプティ・ダンプティ(Humpty Dumpty)」、(8)「ディア・アリス(Dear Alice)」、そして(9)「ザ・マッド・ハッター・ラプソディ(The Mad Hatter Rhapsody)」の3曲だろう。
まず、(4)「ハンプティ・ダンプティ」は『不思議の国のアリス』に登場するご存知タマゴのキャラクターだ(Humpty Dumptyには英語で“ずんぐりむっくりな人”といった意味があるらしい)。複雑な転調の4ビートの楽曲で、現在も多くのジャズメンによって好まれ演奏されている。
(8)「ディア・アリス」はチック・コリアのファンタジー感覚が絶頂に達した名演だ。スティーヴ・ガッド(Steve Gadd, ds)やエディ・ゴメス(Edgar “Eddie” Gómez, b)のタイトなリズム隊の上で自在にアドリブを執るジョー・ファレル(Joe Farrell, fl)のフルートのなんという素晴らしさ!ここぞのタイミングで絡んでくるストリングス隊やブラス隊も抜群だ。
極め付けはハービー・ハンコック(Herbie Hancock, key)がゲスト参加した(9)「ザ・マッド・ハッター・ラプソディ」。チック・コリアらしい複雑に創られたテーマに続いて、当時大流行していたアナログシンセであるミニモーグ(Minimoog)を演奏するチック・コリアの圧巻のソロと、エレクトリックピアノの一種ローズピアノ(Rhodes Piano)を演奏するハービー・ハンコックの怒涛のソロが入れ替わり展開される。そして、この二人の天才的鍵盤奏者の一方がソロを演奏している間、もう一方はバッキングに回って音楽を盛り上げる。スティーヴ・ガッドの4つ打ちのリズムの上で展開されるチック・コリアとハービー・ハンコックのソロの掛け合いは壮絶なジャズバトルのようだ。
そしてこのバトルの前後を派手に演出するブラス隊や、エンディングを飾るチック・コリアの妻ゲイル・モラン(Gayle Moran Corea, vo)も素晴らしい。
チック・コリアの想像力と創造力が爆発した『マッド・ハッター』は音楽の普遍性に迫る、いつまでも色褪せない名盤だ。
Chick Corea – acoustic piano, Fender Rhodes electric piano, ARP Odyssey, Minimoog, Polymoog, Moog Model 15 modular, Moog Sample & Hold, Oberheim 8-voice synthesizers, MXR Digital Delay, Eventide Harmonizer, marimba, finger cymbals, African shaker, cowbell, arrangements, producer
Joe Farrell – tenor saxophone, flute, concert flute
Herbie Hancock – Fender Rhodes electric piano
Jamie Faunt – double bass
Eddie Gómez – double bass
Steve Gadd – drums
Harvey Mason – drums
Gayle Moran – vocals