ティグラン・ハマシアン、『ある船頭の話』で映画音楽に初挑戦
ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)の新譜はオダギリ・ジョー監督映画『ある船頭の話』のサウンドトラックだ。
私は今、Apple Musicで配信が始まったばかりのこの作品を聴きながらこの記事を書いている。
文字通りの唯一無二の音楽性を誇り、世界中の若いミュージシャンにとってカリスマ的な影響力をもつティグラン・ハマシアンが映画音楽に初挑戦ということで、このプロジェクトは随分と前から話題にあがっていた。
その果実が、ついに実ったのだ。
私は映画の方はまだ観ていない。観たい。…時間とお金さえあれば。
…でも、もう観なくてもいいや、と思えてきた。
それくらい、この“サウンドトラック”と称するティグラン・ハマシアンの物語性、映像性の強い新譜は強烈だった。
ティグラン・ハマシアンが演奏する『They Say Nothing Stays the Same』は無限の想像力を掻き立てる。ほぼ全てのトラックが短調で、多少のシンセやエレクトロの使用はあれど骨格はほぼピアノソロで構成されている。映画は日本が舞台のはずなのに、アルメニア出身で彼の国の伝統音楽に深く身を突っ込んだティグランらしくその音楽にはステレオタイプな日本のイメージは全く感じられない。おそらく二流以下のミュージシャンであれば、日本なら音階は固有のペンタトニック、楽器は尺八と琴…みたいな安易な発想に走るところを、そうしたセオリーを無視してまだグローバル化とは無縁な、数百年も前の時代に世界各地に生き、生活していた無垢な民族たちの根底にある“共通なもの”を表現したかったのだろうと思う。
おそらく映画も素晴らしい出来なのだろう。そう感じさせてもらうにはこのモノクロの色調のサウンドトラックが想起させる風景で充分なのだ。
一流の表現者たちが作る映画とは…
とはいえ、これほど素晴らしく物語性を感じさせてくれるサウンドトラックを聴いてしまうと、やはり主体である映画『ある船頭の話』も気になってくるもの。
…衣装はワダ・エミが担当しているらしい。
ティグランのモノクロの音楽と、ワダ・エミの目が覚めるようなクリエイティヴな衣装との相性はどうだったのだろうか。
そして映像はクリストファー・ドイルだ。
数々の圧倒的な映像表現で映画の楽しみを教えてくれた彼の映像に、ティグランのこの音楽はどう響いたのだろう。
…いつかエミール・クストリッツァの映画を観ると言って、幼い子供たちと過ごす貴重な時間を捨ててまでも映画館に向かわせた私の気持ちを再び沸き起こさせるほど、この“サウンドトラック”は強烈な印象を私の心に刻んでいる。