天然デス声は益々過激に…女帝エルザ・ソアレス新譜と波瀾万丈すぎる彼女の半生

Elza Soares - Planeta Fome

過激に攻め続けるMPBの女王、エルザ・ソアレスの2019年新譜

芸歴66年。ブラジル音楽界の頂点に君臨し続ける歌手エルザ・ソアレス(Elza Soares)の新譜『Planeta Fome』が9月13日にリリースされた。新作をリリースする度にファンを驚かせてきた御年82歳の音楽は、今回も強すぎる刺激に満ちている。

エルザ・ソアレスの2019年新譜新譜『Planeta Fome』より、ハードコアなラップが印象深い(4)「Blá Blá Blá (feat. Bnegão, Pedro Loureiro) 」のオフィシャル・オーディオ。

エルザ・ソアレスはサンバ歌手としてデビューしたが、時代の変化に伴ってそのサウンドを進化させてきた。ロック、ファンク、ソウル、ヒップホップにドラムンベースまで。年齢などまったく意に介さず、いつもその時代に合った音を届ける永遠の挑戦者だ。

ハスキーな歌声が特徴だったはずだが、今となってはハスキーというよりも「デス声」と呼んだ方が相応しいような、一度聞いたら耳にこびり付いて剥がれない強烈な声は、衰えるどころか益々その凄みを増している。

前作『Deus É Mulher』からわずか1年で発表した今作『Planeta Fome』も、そんなエルザ・ソアレスらしいパワフルな快作だ。2016年のリオ五輪の開会式にも出演し歌を披露していたが、足が悪くなった現在はステージでは椅子に座って歌っているほどの老婆なはずなのに、この溢れ出る創作意欲、生命の輝きはどこから来るのだろう。

サウンドの核は重いリズムと歪んだギターで、相当にロックだ。そこにエレクトロやヒップホップの要素、ブラジリアンパーカッションも加わる。
そしてそうしたサウンドを支配しているのは、やはり彼女の“声”だ。

(3)「Brasis」はセウ・ジョルジ&ガブリエル・モウラによるサウダージ満載の名曲。ロックに寄せたサンバといった斬新なアレンジ。
ベーネガォン(B-Negão)をフィーチュアした(4)「Blá Blá Blá」では、ドスの効きすぎたエルザのラップが恐ろしいほどにハマっている。
2002年作『Do Cóccix Até o Pescoço』に収録された「A Carne」のリフレインを引用した(8)「Não Tá Mais de Graça」も素晴らしい。

本当に、82歳の歌手がつくるアルバムとは信じられない──。
エルザ・ソアレスとは、一体何者なのだろうか。

映画以上に壮絶。エルザ・ソアレスの人生

エルザ・ソアレス(Elza Soares)は1937年にリオ・デ・ジャネイロの貧民街で生まれた。他の貧民街の子供たちと同じように、頭の上で水を運ぶという労働をしながらも、路上で遊んだり、木に登ったり、男の子たちと喧嘩をしたりと幸せな子供時代だったようだ。

12歳で父親に強制され望まぬ結婚。13歳で出産した第一子、15歳で出産した第二子はともに栄養失調のため生まれて数日で命を落としている。

幼少期から路上で歌っていた彼女は、16歳でラジオで歌手デビューを果たした。

しかしその後20歳の頃に夫を結核で失くし、石鹸工場で働きながら女手一つで子供を育て、そして──プロの歌手を夢見ていた。

1960年、23歳でファーストアルバム『Se Acaso Você Chegasse』を発表。そのタイトル曲「Se Acaso Você Chegasse」は大ヒットし、ブラジル中にその名を知られることになる。この頃の彼女の声は若さと力強さに溢れ美しいが、今でも特徴的な「うがい声」と称される独特の歌唱法も聴くことができる。

TVで歌うエルザ・ソアレス。
曲は彼女の最初のヒット曲「Se Acaso Você Chegasse」。
これは1995年頃の映像。

1968年にサッカーの大スター選手ガヒンシャと結婚。エルザは25歳頃から当時既婚者だったガヒンシャと交際しており、世間はこの結婚を非難。エルザはブラジル社会から中傷を受け、家が投げつけられたトマトや卵で覆われることもあった(エルザは“サッカーの神様”ペレとの交際も噂になっているが、ペレは否定している)。
1969年には夫ガヒンシャの運転する車が交通事故を起こし、同乗していたエルザの母親が亡くなり、ガヒンシャ、エルザ、そして娘サラも負傷。この事故をきっかけにガヒンシャは選手生命が半ば絶たれ塞ぎ込むようになり、醜いアルコール中毒に。エルザは彼女に対して暴力を振るうようにもなった夫を救おうとバーを訪れ、夫に酒を提供しないよう訴えていたという。

「Boato」(1961)、「Cadeira Vazia」(1961)、「SóDançoSamba」(1963)、「Mulata Assanhada」(1965)、「Aquarela Brasileira」(1974)など数々のヒットを飛ばし、ブラジルを代表する歌手としてそのキャリアの絶頂期にあった彼女は、私生活でこのような多大な苦労を抱えていた。

1983年、夫ガヒンシャは長年のアルコールによる肝硬変で死去。
1986年には9歳の息子を自動車事故で亡くす。
疲れ果てたエルザは、自殺をも考えていたようだ。その後しばらく、ブラジルの軍事政権から逃れるようにブラジルを離れ、ヨーロッパやアメリカでツアーをして回ったらしい。

長い間行方不明になっていた娘とはブラジル帰国後に再会した。

栄光と、その代償と呼ぶにはあまりに大きな苦難。そして2000年代以降の変化

エルザ・ソアレスの音楽は、2002年にアルバム『Do Cóccix Até o Pescoço』で大胆にヒップホップを取り入れてから、何かが吹っ切れたかのように過激な表現に傾いていくようになる。

変化の契機となった2002年作『Do Cóccix Até o Pescoço』収録曲。
セウ・ジョルジのバンド、ファロファ・カリオカ(Farofa Carioca)の楽曲のカヴァー。
この頃、エルザ・ソアレスは60代も半ばだ。

2015年にリリースした作品『A Mulher do Fim do Mundo』は過去数年で最高のMPBアルバムのひとつとして批評家から賞賛され、ポップ/ロック/レゲエ/ヒップホップ/ファンクのベストアルバム賞を受賞している。
ブラジル以外でも評価され、米国の音楽メディア、ピッチフォークでは年間ベストの一枚に選出された。

近年の大ヒット、「Mulher do Fim do Mundo(世界の終わりの女)」のMV。

2018年作『Deus É Mulher』でもブラジル社会が抱える政治や権力の腐敗、信仰の自由への不寛容、暴力が多発する近年の世相などに対して苦言を呈した。

日本では“ボッサメタル”Huaskaと共演した「Samba de Preto」もSNSを通じて話題に。
ブラジルを代表するロック歌手、Pittyとの共演「Na Pele」。
MVにはエルザの若い頃の貴重な映像も多数。

エルザ・ソアレスは本当に底の知れない偉大な歌手だ。短いスパンでリリースされた今作『Planeta Fome』も衰えを知らず、長いキャリアの中でもむしろ今がアーティストとしての絶頂期なのではないかと思わせられるほどの快進撃を続けている。

公称では1937年生まれの82歳。だが、かねてより7つほどサバを読んでいるという疑惑もつきまとっており、もし疑惑が本当なら、90歳近い年になるのだが…エルザ本人も自分の年齢がよく分かっていないようで真相は不明だ。

まったく、エルザ・ソアレスはどこまでも末恐ろしいアーティストだ。
この先もどんな最先端の音楽を発信してくれるかワクワクしていたい。

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