上原ひろみ、最新作はソロピアノ
上原ひろみのデビュー作『Another Mind』(2003年)のラストに収録されていた同アルバムで唯一のソロピアノ曲「The Tom and Jerry Show」が大好きだった。独学ながら多少なりともピアノをかじっていた自分は、すぐにその圧倒的な演奏技術の虜になり、憧れ、そして打ちのめされた。
上原ひろみはトリオなどの作品が多く、ロックやフュージョン、プログレなどの影響も受けたそうした作品も勿論独特の魅力があり大好きなのだが、彼女の一番の持ち味はやはりピアノを手足のように自在に操るテクニックと表現力だと思う。
2019年9月に発売された『Spectrum』は、待ち望んでいた上原ひろみのソロ作品だ。彼女のソロ作品としては、2009年にアメリカ合衆国のジャズチャートで1位という快挙を成し遂げた『Place to Be』以来、10年振りとなる。
「色」をテーマにした全9曲
上原ひろみは、テクニックを軸に芸術を表現するピアニストだ。
4種類のシンプルなコード進行を繰り返す(1)「カレイドスコープ」から、腕が3本あるのでは…という疑念さえ抱かせられる恐ろしい演奏が聴ける。
ピアノという楽器は鍵盤を叩けば誰でも音を出せる楽器だが、打鍵の強さやスピードによって変わるその“音色”をコントロールしようと思えば相当な訓練が必要な楽器でもある。上原ひろみのピアノは、おおよそ同じ人間とは思えない超高速の時間の流れの中で、ピアノの音色(=このアルバムでは、“色彩”という表現に置き換えられていると考えるのが妥当かもしれない)を完璧にコントロールしている。
正直言って、凡庸なピアノ弾きには到底理解不可能な世界がそこには広がっている。
収録曲のタイトルを見ればわかる通り、今作のテーマである“色彩”を、彼女はピアノの強弱や緩急による音色の変化で表現しようとしていて、そしてそのテーマはおそらく百点満点の出来でこの作品の中に収録されている。
アルバムはほとんどが上原ひろみの作曲によるクリエイティビティ満開のオリジナル曲。
(5)はポール・マッカートニー作「Blackbird(ブラックバード)」、(9)はジョージ・ガーシュウィンなどの楽曲のメドレーになっている。
実は「ブラックバード」も私が大好きな曲で、ギタリストが好むこの曲をピアノで聴けるというのがとても新鮮だった。複雑に展開する曲の中で、常に存在するG音(ソ)もしっかりと再現されており、その上でギターでは構造的に決して不可能な完璧な右手のアドリブを聴かされると、やはり楽器の王者はピアノなのだろうな、と思わせられる。
上原ひろみの伝説は止まらない
上原ひろみ(Hiromi Uehara、1979年3月26日 – )は静岡県生まれ。現在はアメリカ合衆国在住。6歳でピアノを始め、8歳の頃にピアノ教師の自宅にあったジャズのレコードを“発見”しジャズに傾倒。ジャズ好きな周囲の教師たちにも恵まれ小学生の頃からオスカー・ピーターソンやエロール・ガーナーに熱中。16歳の頃にはジャズ・レジェンドのチック・コリア(Chick Corea)との共演も果たしている。
プリズムの中に佇む、白と黒の衣装を来た上原ひろみという『Spectrum』のアルバムジャケットもまた、印象的だ。
既に世界的な名声を得たピアニスト「上原ひろみ」が、このアルバムを携えて次はどんな伝説を作ってくれるのか、今から楽しみで仕方がない。