微分音ピアノで演奏するムガームジャズの衝撃
自ら調律したマイクロトーナル(微分音)ピアノで、アゼルバイジャンの伝統音楽ムガームに由来する不思議なジャズを演奏する若きピアニスト、エティバル・アサドリ(Etibar Asadli, Etibar Əsədli)が凄い。まずは彼の音楽の魅力が詰まったこの動画を観ていただきたい。
今、アゼルバイジャンのジャズが殊更熱い理由については過去記事『【特集】まるで魔法の音楽。“第二のドバイ”で隆盛極めるムガームジャズの歴史と現在』もぜひ参照いただきたいが、このエティバル・アサドリのようにピアノのチューニングを変えてまで拘るムガーム・ジャズの弾き手は他に聴いたことがない。
世界柔道選手権大会のテーマ曲も作曲。アゼルバイジャン勢の要注目株
彼もまた、ヴァギフ・ムスタファザデ(Vagif Mustafazadeh)の影響の色濃い新世代ムガームジャズのピアニストである。
エティバル・アサドリ(Etibar Asadli)はアゼルバイジャンの首都バクーに1992年に生まれた。1998年からピアノを始め、2009年にバクー音楽院の作曲科に入学。以来、彼はピアニストとして成功し政府のイベント、様々なプロジェクト、アゼルバイジャン内外のフェスティバルやコンペティションで次第に注目度を高めてきた。
2018年9月にバクーで行われた世界柔道選手権大会のオフィシャルテーマ曲も担当。
バクーから同世代の優秀なピアニストが多く登場する昨今において、頭一つ抜き出た存在になりつつあるようだ。
デビューアルバム『Projects』も素晴らしい
エディバー・アサドリは2017年にアルバム『Projects』をリリースしているが、ムガームジャズを基調としながら、ラップやエレクトロニカも取り入れるなど変化に富んだサウンドが詰まった傑作だ。
(1)「Choir of Girls」はアルメニアの鬼才ピアニスト、ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)を彷彿とさせるような静謐で神秘的なイントロとコーラスで始まり、中間部以降ではマイクロトーナル・ピアノでの圧巻のソロが展開される。
カマンチェというアゼルバイジャンの伝統楽器奏者の Rafael Aliyev と、テクニカルな6弦ベーシスト、Ruslan Huseynov をフィーチュアした(4)「Concert of Kamancha」。
男性ムガーム歌手のSahib Asadovと女性シンガー、Elsa Pedro をフィーチュアした(9)「Love」などは完全に“エレクトロ・ムガーム”の趣だし、続くリズムの解像度の高い(10)「Ayildim」もムガームジャズと現代的なビートミュージックの融合を試みているようで面白い。
とにかく、アルバム全体が“民族音楽的ジャズ”では片付けられないほど練り込まれており、ハイセンスだ。