ムガームジャズの進化は止まらない。微分音ピアノ鳴り響くエティバル・アサドリ新譜

Etibar Asadli - Mugham

アゼリ・ジャズのピアニスト、Etibar Asadli 新譜はズバリ『Mugham』

現代ムガームジャズの第一人者、アゼルバイジャンのピアニスト/作曲家エティバル・アサドリ(Etibar Asadli)の2021年新譜タイトルは、ずばり『Mugham』。自ら調律したと思われるムガーム音律のピアノで今回も未知なる音楽の世界へと誘ってくれる。

バンドはピアノのエティバル・アサドリ以下、ベースにカナダ出身のクリス・ジェニングスChris Jennings)、ドラムスにイスラエル出身のオフリ・ネヘミヤ(Ofri Nehemya)というグローバル・ジャズの第一線で活躍するメンバーとのピアノトリオを中心に、曲によってムガームの歌唱やクラリネット、ネイフルート、パーカッションも参加。音像はエレクトロニック音楽などにも傾倒するエティバル・アサドリらしく現代的で聴きやすい。マイクロトーナル・ピアノ(微分音ピアノ)やムガームに基づいた歌唱はしっかりと伝統音楽に意識を向けさせるが、音の表現は完全に未来志向で面白い。ベースとドラムスという音楽の核になる部分をアゼルバイジャン人以外で選んでいることは大きい。

エティバル・アサドリのアルバム『Mugham』のティーザー動画

アルバムの中から注目曲をいくつか詳しく紹介していこう。

エティバル・アサドリによるムガームや本アルバムのコンセプト紹介である(1)「Salam」(挨拶)が終わると、女性ムガーム歌手ファルガナ・カシモワ(Fargana Qasimova, 6曲目に参加のアリム・カシモフの娘)とフランスのSSWマエ・デゥフェイ(Maë Defays)が神秘的なヴォーカルを聴かせる(2)「Lullaby」へ。エティバル・アサドリの微分音ピアノとも相俟って瞑想的な空間へとリスナーを導く。

(3)「Arshin Mal Alan」はアゼルバイジャンの作曲家ウゼイル・ハジベヨフ(Uzeyir Hajibeyov, 1885 – 1948)によるオペレッタで、ここではスリリングな即興中心のジャズにアレンジされている。ナティク・シリノフ(Natiq Şirinov)をリーダーとする打楽器集団Natiq ritmが演奏に参加し伝統的な打楽器ナガラを叩く。エティバル・アサドリの微分音ピアノのソロも、クリス・ジェニングスのベースソロも聴きどころ満載。

(5)「1001 Mornings」(1001 Nights = 千夜一夜物語にかけたタイトルだろう)で歌手としてフィーチュアされるサヒブ・アサドリSahib Asadli)はエティバルの父親で、歌手/打楽器奏者としてこれまでも度々ステージでも共演をしている。

(6)「Roads」での素朴で美しいネイ・フルートはパリ生まれのシリア系女性奏者ナイサム・ジャラル(Naïssam Jalal)によるもの。声も効果的に交えた超絶技巧の演奏が素晴らしい。

(7)「Jamming Mugham」を歌うアリム・カシモフ(Alim Qasimov)はアゼルバイジャンの名歌手。

ムガーム音階が聴き慣れない耳ではカオスのようにも思える(8)「Solitude」は電気的に歪ませたピアノの音も効果的だ。不思議な響きが何とも心地良く、新鮮な感動を覚える。

トルコを代表するクラリネット奏者ヒュスヌ・ジェンレンディリチ(Hüsnü Şenlendirici)は(9)「Black Eyebrow Liner」にゲスト参加。ターキッシュ・クラリネットとムガーム・ピアノ、そして西洋音楽とアフリカ系黒人音楽がルーツとなっているジャズの饗宴はこれぞ現代のグローバル・ミュージックという趣だ。中盤の急激に場面転換するような驚くべき楽曲構成も面白い。

ラストはピアノトリオでジャズ・スタンダード(11)「Softly as in a Morning Sunrise」(朝日のようにさわやかに)。テーマは平均律で演奏されるが、ソロではやはり微分音が度々登場。予想を裏切る音使いが楽しい。

ムガームジャズとは

ムガーム(Mugham)とはアゼルバイジャンで古くから演奏されてきた伝統音楽。西洋音楽とは異なる概念や音律が特徴的だが、即興が重んじられてきた音楽ということもあり、同国にジャズがもたらされてからはピアニストのヴァギフ・ムスタファ・ザデ (Vagif Mustafa-zadeh, 1940 – 1979)らによって融合も試みられ、ジャズ・ムガーム(jazz mugham)またはムガーム・ジャズというジャンルが確立されている。

ムガームジャズの歴史や現代の演奏者について詳細は下記の記事も参照いただきたい。

【特集】まるで魔法の音楽。“第二のドバイ”で隆盛極めるムガームジャズの歴史と現在

ムガームジャズはアヴィシャイ・コーエンのトリオで活躍するピアニストのエルチン・シリノフ(Elchin Shirinov)やスケールが大きく天才的なセンスを見せるピアニストのイスファール・サラブスキ(Isfar Sarabski)など優れた若手が活躍し、近年大きく注目を浴びている。

エティバル・アサドリ 略歴

エティバル・アサドリ(Etibar Asadli)はアゼルバイジャンの首都であり、ムガームジャズ誕生の地であるバクーに1992年に生まれた。6歳頃からピアノを始め、2009年にバクー音楽院の作曲科に入学。以来、彼はピアニストとして成功し政府のイベント、様々なプロジェクト、アゼルバイジャン内外のフェスティバルやコンペティションで次第に注目度を高めてきた。

2018年9月にバクーで行われた世界柔道選手権大会のオフィシャルテーマ曲も担当。ムガームジャズの系譜を受け継ぎつつ、エレクトロ・ミュージックとの融合など独自の音楽を探究。自らグランドピアノの調律までも行うなど他のアゼルバイジャンのムガーム系ピアニストにもない個性を発揮する。

Alim Qasimov – vocal
Fargana Qasimova – vocal
Husnu Senlendirici – clarinet
Mae Defays – vocal
Natiq ritm – naghara
Naissam Jalal – ney, flute
Chris Jennings – double bass
Ofri Nehemya – drums
Alafsar Rahimov – balaban
Leyla Muradzade – Baku choir
Sahib Asadli – vocal
Etibar Asadli – piano, percussion, vocal

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