ダライ・ラマ14世『Inner World』
これは2020年の中でも最もセンセーショナルな出来事のひとつだろう。
チベット仏教の指導者、ダライ・ラマ14世(Dalai Lama)の85歳の誕生日にあたる7月6日、彼のデビューアルバム『Inner World』がリリースされた。
…とはいっても、もちろんこのチベット仏教の最高指導者が突如音楽家として覚醒したというわけではない。
音楽自体はニュージーランド出身のジュネル・クニン(Junelle Kunin)とエイブラハム・クニン(Abraham Kunin)の夫妻によって制作されている。このアイディアをダライ・ラマに粘り強く提言し、ついに承諾を得たジュネル・クニンが亡命先のインド・ダラムサラに赴き法王に謁見。現地でマントラや法王の教えを収録して持ち帰り、その声にあわせる形で音楽家/プロデューサーの夫エイブラハムの協力を得て作曲を進めたということだ。
制作には実に5年の期間を費やしている。
作品はアコースティック楽器やシンセサイザーを主体とした瞑想的でゆったりとしたサウンドで進行し、ダライ・ラマ法王自身による語りやマントラが深い精神的世界へ誘う。
アルバムにはインドを代表するシタール奏者、アヌーシュカ・シャンカール(Anoushka Shankar)もゲスト参加し、シタールの豊かな倍音を思慮深く響かせる。
発案者であり、仏教徒でもあったジュネル・クーニンはニュージーランドの銀行での仕事にストレスを感じており、心を落ち着かせるためにダライ・ラマの教えを取り入れた音楽を探したが、オンラインでは見つけることができなかった。
ミュージシャンでもあった彼女はダライ・ラマの事務所に法王の音楽を作ることを提案したが、最初は丁重に断られたという。
しかしそれでも諦めなかった彼女はインドに旅行した際にダライ・ラマに会えるチャンスがある場所に行き、ダライ・ラマの弟子のひとりに手紙を託した。この熱意が法王に伝わり、このチベット仏教の精神的指導者による“デビューアルバム”がついに実現した。
ここではチベット仏教のマントラなどがフィーチュアされているが、このアルバムは宗教的なプロジェクトではない、とジュネル・クニンは語っている。このアルバムは癒しを必要とする現代に生きる全ての人々への贈り物なのだ。
ダライ・ラマ14世は、このプロジェクトに参加した理由として「私の人生の目的は、できる限り人々に奉仕することです」と答えている。