価値観を揺さぶる革命的なセヴダ歌手、Božo Vrećo
セクシャリティを超越した印象を残すその佇まいと歌声。
観るもの聴くものに強烈なインパクトを与えるボスニア・ヘルツェゴビナの歌手、ボジョ・ヴレッチョ(Božo Vrećo)は、ボスニアの伝統的な大衆音楽であるセヴダをベースにしながら、同時に半世紀以上も伝統に縛られ続け変化を恐れてきたその音楽の表現に革新をもたらした。
ボジョ・ヴレッチョの3rdアルバム『Melek』(2018年)では、伝統音楽に現代的なポップスを融合した独特の表現の極みを聴くことができる。
広い音域を誇る中性的な歌声は、伝統的な歌唱法からくる絶妙な揺れも含め例えようがないほどに美しく、アコースティック楽器中心の優しい編成は心に落ち着きを与えてくれる。
だが、彼の素晴らしさはその声だけではない。
女性的なメイクで整えられた、たくましい髭面。タトゥーで装飾された腕。ワンピースをひらひらとさせながらスピンする姿。
二面性の象徴のようにも思える絵面が強烈なインパクトだが、ボジョ・ブレッチョにとってはこれが“自然”なのだという。
近年急速にアップデートされているジェンダー観だが、そもそも個人はもっともっと自由で良いんだ、そう思わせてくれる衝撃がある。
自然体の表現がこの上なく魅力的
ボジョ・ヴレッチョ(Božo Vrećo)は1983年生まれのセルビア人。幼くして父親を失くし、母と二人の姉妹の家庭で育った。母は彼に絵を描くことや音楽を勧め、彼は独学で音楽を学んだという。
青年時代はセルビアのベオグラードで考古学を学んだが、卒業後は音楽に人生の全てを捧げることを決めた。
ボスニアの伝統音楽セヴダ(セヴダリンカ)の歌手としてカフェで歌を歌っていたところを地元のミュージシャンに誘われ、Halka というバンドに加入、2枚のアルバムを録音。その後ソロに転じ、『Moj sevdah』(2014年)でソロデビューしている。
ニューヨークタイムズ誌は彼を「魂を癒し、心を開く天使のような声の芸術家」と評した。
「勇気のある歌を歌う人は、正直さだけを聴衆に提示するべき」という信念を持つボジョ・ヴレッチョの音楽は、旧ユーゴスラビア社会の複雑さを超え、性別や民族の境界なく幅広く聴かれている。彼の佇まいに対する保守的な社会からの反発も少なからずあったようだが、自身を自由に表現し続ける彼の存在は音楽の側面のみならず、バルカン半島における社会の価値観の変容にも大きな役割を果たしているようだ。