Han Beyli、現代ジャズとムガーム音楽を高度に融合した圧巻の音楽
ウクライナ出身のベーシスト/作曲家ハン・ベイリ(Han Beyli)は、現代的なジャズと、自身のルーツであるアゼルバイジャンの伝統音楽・ムガームを融合した音楽性が斬新だ。現在ニューヨークを拠点に活動しており、バンドはバークリー音楽大学の国際色豊かなミュージシャンで構成されている。
セルフタイトルの3曲入り最新シングル『Han Beyli』は必聴レベルで、7拍子のリズムに中東〜インド周辺の民族音楽が洗練されたジャズサウンドに乗る(1)「Birth of the Sun」、R&Bやスムースジャズの影響も感じられるムガームジャズ(2)「Jeyran」、再び7拍子の複雑なコンポジションが施された(3)「Moonlight」の3曲はどれも素晴らしいクオリティだ。
6弦ベースのテクニックも圧倒的。洗練されたエスノジャズの新星として大いに注目すべき存在だろう。
ハン・ベイリの本名はシャルカン・アガベイリ(Shyrkhan Agabeyli)だが、アメリカでは皆彼をハン・ベイリと呼び、それがそのまま芸名になった。
これまでにバルカン半島のロマの伝統歌『Ederlezi』のカヴァーや、トルコの歌手エリフ・サンチェス(Elif Sanchez)と共演した『Deshti Tesnifi』などいくつかのシングル曲をリリースしているが、フルアルバムの登場が待ち遠しいミュージシャンだ。
米国に辿り着くまでの道のりも凄く、この斬新かつ深みのある音楽にはこうした背景があるのかと感嘆したので、詳しいバイオグラフィーも紹介しておきたい。
戦乱の中アメリカへ。波乱に満ちた半生
ハン・ベイリ(Han Beyli)はウクライナ生まれ。
音楽好きだがミュージシャンではなかった両親は80年代後半にウクライナに移住したアゼルバイジャン人で、息子をミュージシャンにしたいと考えており、幼い頃から彼に毎日4時間の練習をさせていたという。
ハンが12歳の頃、両親は彼をウクライナからバクーまで3日間の電車にひとりで乗せ、アゼルバイジャンのムガームの巨匠シジ・ムスタファエフ(Sidgi Mustafayev)に師事させる。このバクーの旧市街で過ごした2週間は、音楽家として4年分に値する濃密な経験となったようだ。
エレクトリックベースを手に16歳でプロのセッション・ミュージシャンとなり、カザフスタンの偉大な歌手バティルカン・シュケノフ(Batyrkhan Shukenov, 1962 – 2015)の協力を得て音楽を生活の基盤とし旧ソ連の国々をツアーした。
アメリカへの憧れがあった彼は22歳の頃、少年時代のヒーローだった米国のベーシスト、ヴィクター・ウッテン(Victor Wooten)のサマーキャンプに応募したが、米国ビザ面接で理由もなく拒否されてしまう。
2014年、ツアー先からウクライナの首都キーウ(キエフ)に戻ると、街に人々が溢れ口々になにかを叫んでいた(2014年ウクライナ騒乱)。自由のために政府に抗議をしただけの人々が大勢殺されたこの衝突に直面した彼は、自分が何者であるかを問い、何をできるのかを問い、社会や政治、愛、神、人生に疑問を持ち始め、そしてあらためて自由の国アメリカへの想いを強くしたという。
彼はすぐに履歴書とビデオを20の大学に送り、いくつかの返答を得た。そのうちの1校に米国バークリー音楽大学があり、オーディションを受けることになる。
バークリーから全額奨学金の案内があったのは、カザフスタンでのツアー中だったそうだ。
ハンは米国留学のためにバンドを去ることをメンターであるバティルカン・シュケノフに伝えた。バティルカンも米国やバークリーへの憧れがあったが、冷戦時代だったために両親から裏切り者と見做されるだろうと思いその夢を諦めていた。乾杯をしハンがバンドを離れウクライナに戻った数日後に、バティルカンが心臓発作のためモスクワで亡くなったというニュースが旧ソ連諸国を駆け巡った。
ウクライナでは緊急事態の動員が始まっていた。第一波、第二波。ハン・ベイリは第三波で動員される予定の立場だった。もしバークリー留学が決まっていなければ、彼は死んだ兵士のために地面に穴を掘る仕事をしていたかもしれない。
ボストンに到着するとすぐにバークリーでのレベル判定テストがあった。
部屋の扉を開けると、中では敬愛するヴィクター・ウッテンとスティーヴ・ベイリーが彼の演奏を待っていた。
参考記事:Boston Voyager
Han Beyli – bass, voice
Srishti Biyani – voice, bansuri
Rina Yamazaki – piano, keyboards
Cole Szilagyi – guitar
Maxime Cholley – drums
Keisel Jimenez – percussion
Bengisu Gokce – violin
Gerson Eguiguren – violin
Anna Stromer – viola
Nathaniel Taylor – cello
Alonzo Demetrius – flugelhorn, trumpet
Brandon Lin – trombone
Jake Hirsch – tenor saxophone