ドイツのジャズロックバンドDie Blauen Pilzeと「新幹線」の綴りのミステリー

Die Blauen Pilze - Shinkansen

ドイツのバンド、Die Blauen Pilze新譜『Shinkansen』

ドイツのバンド、Die Blauen Pilze(直訳で“青いキノコ”)はロックのスリーピースバンドとジャズのギタートリオの丁度中間に位置するようなインストバンドだ。ロックのリズムや曲調を軸にしながら、アドリブも多くジャズの要素も取り入れる。2016年にセルフタイトルの『Die Blauen Pilze』でデビューしているが、彼らの2ndとなる2021年の新譜は『Shinkansen』(新幹線)。カヴァーアートにも律儀に漢字で「新幹線」と書かれている(フォントが中国の繁体字であることはここでは敢えて指摘しない)。

メンバーはジョン・スコフィールドも愛用するアイバニーズ(Ibanez)のセミアコギター、AS200を用いるギタリスト/作曲家のベネディクト・ヨッホBenedikt Joch)、ベースのダンダ・コルデスDanda Cordes)、そしてドラムスのアンディ・ビューラーAndi Bühler)の3人。サウンドの中心はギターで、控えめに歪ませた王道のジャズロックが心地良い。

やはり気になるのは(1)「Shinkansen」と(2)「Kimono」だろうか。いずれも彼らが日本を訪れた際にインスピレーションを得て制作された楽曲のようだ。前者はスピード感、後者はオリエンタル感がインスピレーションの源になっているように感じられないこともないが、日本人としては「そういう捉え方もあるのか」と視野が広がる思いが先行する印象である。

東海道新幹線(上り)のアナウンスや車窓映像も交えた(1)「Shinkansen」のMV。

さて、ここからの話は大いに脱線する。
おおよそこの青いキノコを名乗る人たちの音楽とはあまり関係のない話だから、興味のない方はここで離脱していただいて構わない。


ところで、新幹線(シンカンセン)のアルファベット綴りはなぜ「Shinkansen」なのだろうか。

香港(ホンコン)は「Hong Kong」だし、平壌(ピョンヤン)は「Pyongyang」であることを鑑みると新幹線も「Shing kang seng」となってもおかしくないように思う。

・・・

…ここには、実は日本語の「ん」の発音の曖昧さが関係している。

日本語の「ん」には少なくとも3種類の発音がある

一口に日本語の「ん」と言っても、実は発音は少なくとも下記の3種類があるという。

  • n(ん):発音記号:/n/
  • ng(ん):発音記号:/ŋ/
  • m(ん):発音記号:/m/

n (発音記号:/n/

口を少し開けた状態で、舌先は上の前歯裏にくっつけ鼻から息を出しながら発音する。

ng(発音記号:/ŋ/)

/n/ と同じように口は少し開けた状態にし、舌先を /n/ を発音する場合よりも喉の奥側に置き、口内の上部に触れさせる。鼻から息を抜くイメージ。

m(発音記号:/m/)

口をしっかりと閉じ、鼻から息を出しながら「ん」と発音する。「ん」の後ろにb,p,mのいずれかの音がくるとその前の「ん」は「m」になる。

本来は「Shing kang seng」が正しい表記なのかもしれない

例えば神田(かんだ)や新宿(しんじゅく)は「Kanda」「Shinjuku」だし、新橋(しんばし)や難波(なんば)は「Shimbashi」「Namba」となるのだ。これは発音に忠実なヘボン式のローマ字綴りを採用するJRの駅名の表記にもみられる。

そして、香港や平壌の「ん」が「ng」表記となるのは、英語で「n」の場合は舌を前歯の裏にくっつけて発音を止めて微かに「ンヌ」といったような発音になってしまうため、それと区別するために鼻から抜ける「ng」の音で表記しているのだという。

新幹線も実際の発音は「Shing kang seng」なのだが、/n/の発音は日本人にとっては難しく、/ŋ/と区別できないがために公式の綴りも「Shinkansen」となってしまったということのようだ。

・・・

一見どうでも良い雑学のように思えるかもしれない。
だがここには、「読めるけど喋れない、聴き取れない」日本人を大量に生み出し続ける発音軽視の英語教育の根本的な問題点が隠されているようにも思えてしまう。

そんなことを考えながら、Die Blauen Pilze の新譜『Shinkansen』のエネルギッシュで割と脳天気な音楽を聴いている。

Benedikt Joch – composing, guitar
Danda Cordes – bass
Andi Bühler – drums

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