平均律に慣れすぎた耳を刺激する、微分音ジャズのプレイリスト
私たちが普段耳にする音楽のほとんどは、西洋音楽の標準である「十二平均律」で作られています。
あまりにもそれが当たり前になりすぎていて、まるで十二平均律の音楽だけが世の中の音楽の全てであるかのように思えてしまいます。
しかし世界を見渡してみれば、十二平均律の範疇を外れる「微分音」を用いた魅力的な音楽やメロディーも実はたくさんあるのです。
今回は現代的で比較的聴きやすい、「ジャズ」と「微分音音楽」のハイブリッドな楽曲たちをSpotifyとApple Musicのプレイリストにまとめてみました。
普段は意識することさえなかった、音律という新たな視点で音楽を聴いていただけるのではないかと思います。
本稿ではまずプレイリストを紹介し、その後そもそも音律とは何か、なぜ十二平均律が世界の音楽を席巻しているのか、微分音音楽にはどんな楽器が使われているのかなどについて説明します。ぜひ最後までお読みください。
Spotify Playlist
Apple Music Playlist
ここから先はこのプレイリスト『驚くべき微分音ジャズの音楽』を聴いていただきながら、人類が古代より探究してきた音楽の仕組みについて少し考えてみましょう。
まずは現在の音楽のほとんどが、なぜ数ある音律のひとつでしかない「十二平均律」で作られているのかについて。
なぜ、現代のほとんどの音楽は十二平均律なのか?
「十二平均律」とは「音律」のひとつで、1オクターブを12等分したものです。
音律とは音の高さの相対的な関係(=音程)を一定の法則に従って規定したものです。
音とは本来自然界に溢れているものですから、それを人間が「音楽」として扱いやすくするためにルールとして定めたもの、と捉えていただいてよいかと思います。
この音程に関するルールは、当然これまでに様々なものが考案されてきました。
西洋音楽で用いられる有名なものに「純正律」「ピタゴラス音律」「平均律」などがあります。
純正律は音程の周波数の比が単純な整数比であるため、特定の和音がもっとも美しく響く音律として知られていますが、複雑な音階や和音を奏でる現代の音楽では音の組み合わせによっては和音が濁ったりと、欠点も多く実用的ではありませんでした。
それに対し、1オクターブを一定の間隔で区切ったものが「平均律」です。
平均律も様々な種類が考案され、よく知られている十二平均律以外にもインドネシアのガムランの五平均律やインド音楽の概念にもある22平均律、純正律に近い和音の響きを得られる31平均律といったものが考案されてきました。
平均律の中でも「十二平均律」は、歴史的には17〜18世紀のヨーロッパの音楽で一般的なものとなり、その後世界中に波及していったようですが、古くは中国の南北朝時代に宋の天文学者・数学者である何承天(370年 – 447年)によって現在の平均律に近しいものが算定されていますし、インドや日本でも17世紀頃に1オクターブを12の半音に分割するという考え方が提唱されたこともあったようです。
十二平均律は転調や移調が容易で、芸術性の高い音楽を作る上では非常に優位性があります。
また和音の響きも若干の濁りはあるものの純正律の響きに近く扱いやすいという利点があるため、多くの人の感情に訴えかけることのできる自然なハーモニーの美しさと、単調ではないある程度の音楽的な複雑さを併せ持った楽曲を作るためには欠かせない音律となっているのです。
微分音(Microtone)とは
では、今回テーマにしている「微分音」とは何でしょうか。
一言でいうと、微分音とは十二平均律における半音より狭い音程のことです。たとえば半音をさらに半分に割った音程は「四分音(quarter tone)」と呼ばれていますが、これも微分音の一種です。
アラブ圏やインドの伝統的な音楽など、西洋音楽以外では古くからこうした微分音を用いた音律がごく普通に用いられており、十二平均律が世界の標準的な音律となった今も現地の音楽家たちによって日常的に演奏されています。
そして、そんな微分音の音律を持つ音楽と、十二平均律によって作られた音楽との融合を図ろうとしているのが、今回のプレイリストで紹介している音楽家たちなのです。
微分音音楽に用いられる楽器たち
各地の伝統的な楽器を除き、現在の楽器の多くは十二平均律を演奏する前提で作られています。
今回のプレイリストにおいても、見たことも聞いたこともないような特別な楽器はほとんど登場していません。
では、この音楽家たちは微分音音楽を演奏するためにどんな工夫をしているのでしょうか。
微分音ピアノ
プレイリストでも紹介しているアゼルバイジャンのエティバル・アサドリ(Etibar Asadli)やフランスのステファン・ツァピス(Stéphane Tsapis)といったピアニストは、通常は十二平均律に調律されるグランドピアノやアップライトピアノの調律を変え、微分音を演奏できるようにしています。
また、近年の電子鍵盤楽器(電子ピアノやキーボード、シンセサイザー)は独自に音律を細かく簡単に調整できたり、プリセットでアラブ音階などを選ぶことができる場合があります。プレイリストに紹介したレバノンの鍵盤奏者タレク・ヤマニ(Tarek Yamani)はキーボードの音律を調整し、独自の演奏表現を行っています。
ターキッシュ・クラリネット
フランスのヨム(Yom)、トルコのオヌール・チャリスカン(Onur Çalışkan)といったクラリネット奏者は、トルコで発展したターキッシュ・クラリネットと呼ばれる楽器を用いて微分音音楽を演奏しています。
クラリネットは西洋音楽で広く知られた楽器ですが、クレズマー音楽などを演奏するためにトルコでは独自の発展を遂げ、構造の若干異なる楽器を生み出しました。クラリネットの温かな音色はそのままに、微分音階を用いた多彩な表現力がとても魅力的です。
クォータートーン・トランペット
プレイリストで2曲ほど取り上げたレバノン系フランス人トランペット奏者イブラヒム・マアルーフ(Ibrahim Maalouf, 別表記:イブラヒム・マーロフ)。通常のピストン式トランペットは3つのピストンで音を操作しますが、彼の楽器には四分音を表現するための第4のピストンがついています。
イスラエルのトランペット奏者イタマール・ボロホフ(Itamar Borochov)もまた、近年イブラヒム・マアルーフ同様の4つのピストン・バルブがついた楽器を用いて微分音音楽を表現しています。
フレットレス・ギター
アラブ圏で多用される弦楽器である「ウード」にはフレットがないため、アラブ音楽に特徴的な微分音の表現は容易です。
対して、ギターという楽器の指板には十二平均律に合わせたフレットが埋め込まれており、微分音を表現するためにはチョーキングなどのテクニックが必要になります。
トルコのギター奏者エルカン・オグル(Erkan Oğur)は1976年にフレットのないクラシックギター(フレットレス・ギター)を生み出し、ウードと同じようにアラブ音楽を演奏できるようにしました。以降、トルコを中心に多くのギタリストがフレットレスギターで西洋音楽と中東音楽を組み合わせた独自の表現を試みています。
微分音音楽を表現するアーティストたち 個別記事
今回プレイリストで紹介したいくつかのアーティストたちは、個別に詳しい紹介記事を作っています。
ご興味いただけたらぜひご覧ください。